彼の名前を口にしてから、キラは『しまった』と思う。この状況で自分の性別に気付かないほどバカではないだろう、彼は。
「やっぱり、キラなのか! でも、どうして……」
 アスランが絶句しているのがわかる。
 それは当然だろうな、とキラ自身も思う。
 彼が知っている《キラ・ヤマト》は《少年》だったのだ。それがキラや家族の努力の上に立った偽装だと家族以外で知っていたとすれば、間違いなくレノアだけだったろう。義理堅い彼女が、いくら息子で、キラの親友という地位にいたとはいえ、何も言わずにアスランに教えるはずがない。
 だから、現在でも彼は《キラ》が男だと信じていたのではないか。
 しかし、今ここにいる《キラ》は間違いなく《少女》だ。
 それが《キラ》本来の性別であり正しい姿なのだとしても、アスランには受け入れがたいことなのではないか。
 しかも、だ。
 タイミングが悪いことに、ここにカナードはいない。彼がいてくれれば、しっかりとアスランを言いくるめてくれただろう。
 でなければ、イザーク、だろうか。
 そんなことを考えていたせいだれろうか。アスランがすぐ側に来ていたことに気が付かなかった。
「キラ……悪い冗談はやめような」
 怒っているとわかる低い声でこう言ってくる。
「冗談って……」
 何を指して言っているのだろうか。キラには一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。
「ラクスのお遊びに付き合わなくてもいいんだぞ」
 呆然としているキラには構わず、アスランは彼女が身に纏っているシャツに手をかける。そしてそのままはぎ取ろうとした。
「やめて!」
 反射的に彼の手を払いのける。しかし、その時にはもう、胸元までまくり上げられてしまっていた。と言うことは、しっかりとアンダーを見られたということだろうか。
 しかし、そこまで見られれば、アスランもこれが仮装ではないと理解できたのだろう。今度こそ完全に硬直している。
「アスラン・ザラ!」
 その時だ。
 周囲の空気を切り裂いてイザークの声が耳に届く。
「人の婚約者に何をするんだ!」
 それも、自分の婚約者の前で! と彼の怒りが離れていてもいたいほど伝わってくる。
「……イザーク……」
 その声に安堵感を覚えてしまったせいだろうか。キラの瞳から波らがこぼれ落ちた。
「キラ、大丈夫だ」
 このバカは早々に隔離してやるから、とイザークは優しい口調で話しかけてくる。
 そのまま、そうっと彼はキラの体を抱き寄せた。キラもまた、その動きに逆らわない。
 それがアスランの怒りに油を注いだのだろうか。
「キラから離れろ!」
 アスランがこう言いながら、イザークの腕の中にいるキラへと手を伸ばしてくる。
「何故、貴様にそんなことを言われなければいけない」
 だが、イザークはキラを彼の腕から遠ざけるように体をひねった。
「キラは……」
「貴方の幼なじみかもしれませんが、ですがイザーク様の婚約者です」
 その彼がキラを抱きしめていることを、ただの幼なじみでしかないアスランがどうしてとがめられるのか、とラクスがアスランと二人の間に割り込んできた。
「本当に、あれがキラの幼なじみなの?」
 さらにフレイもキラをかばうような位置に移動しながら声をかけてくる。
「うん……兄さんが『会った』って言っていたから……いずれ来るだろうとは思っていたけど……」
 でも、こんな形で会うことになるとは思わなかった。キラはそうはき出す。
「ひょっとして……あたしたちのことを見捨てろっていった奴?」
 あの色黒から聞いたけど、とフレイがさらに言葉を重ねてきた。
「そう、なのかな?」
 見捨てろといったかどうかは知らないが、自分が友人達と一緒だと言うことはアスランも知っていたはず……とキラは小首をかしげつつも口にする。
「もしそうだ、とするならお父様から正式に抗議を入れてもらうぞ」
 カガリもアスランをにらみつけながらこういった。
「それはやめておいて。厄介なことになるから」
 彼女がそうやって実力行使をすることは、とキラは即座に口にする。
「そうしてくれ。あいつの行動に関しては、俺が代わりに謝罪するから」
 イザークもキラの言葉に同意をしてみせた。
「キラとその婚約者がそういうなら……そうしてやるしかないんだろうな」
 もっとも、個人的に許すつもりはないが……と言うのが彼女なりの妥協点なのだろうか。
「まぁ、しかたがないな」
 イザークがそういってくれたのも、彼女の立場を知っているからだろう。
「それにしても、どこから姿を現したの、こいつ。まるで家庭内害虫みたいだわ」
 それは言いすぎではないだろうか。とは言っても、今まで出逢わずにすんだのに、どうしてここに彼がいるのだろう。キラも不思議に思う。
「悪い。それは俺のミス……」
 こう言いながら現れたのはディアッカだ。それだけではなく、バルトフェルドとカナードの姿も彼の背後に見えると言うことは、彼らを呼びに行っていたからこそこの場に来るのが遅れた、と言うことだろうか。
「アスラン・ザラ……セクハラは軍法会議ものだ、と言うことをわかっているのだろうね?」
 あきれたようにバルトフェルドが言葉を口にする。
「しかも、今は作戦前だ。余計な騒動を起こすのは厳禁だろうが」
 もっとも、そういう分別がないからこそあれこれ独断で動いて周囲に迷惑をかけまくっているのか……とカナードがさりげなく辛辣なセリフを投げつけた。
「ともかく……今はゆっくりと話をしている場合ではないだろう。ここにいる以上、俺の指示には従ってもらう!」
 アスランは別働隊だ、とバルトフェルドは言いきる。
「何故ですか!」
 しかし、アスランは素直に頷こうとはしない。それどころか、逆にくってかかっている。
 それも、ここで自分と会ってしまったからなのか。
 だとするなら……とキラが唇を噛んだときだ。
「形が悪くなる」
 それはやめておけ、とイザークがそっと指先でキラの唇を撫でる。
「イザーク……」
 そういってくれるのは嬉しい。だが、これはアスランを刺激するだけではないのか、とキラは不安になる。
「君達は先にレセップスに乗艦していてくれ。俺は、このバカを納得させてからいくよ」
 でなければ、本気で命令違反をしてくれそうだからね。その言葉に、キラ達は小さく頷いてみせた。いや、それしかできなかったと言うべきなのだろうか。