誰かがこちらに近づいてくる足音が耳に届く。
「俺の言い分が正しいと、理解してくれたのか?」
 相手を確かめる前に、アスランはこう問いかける。
「残念だが、俺にはその権限はないな」
 しかし、返ってきたのはある意味予想もしていない人物の声だった。だが、それが逆にアスランにある確信を深めさせた。
「貴方がここにいる、と言うことは……キラもいるんですね?」
 自分の予想は外れていなかった、とアスランは笑みを浮かべる。
「いたから、何だ?」
 会わせる予定はない、と彼は即座に言い返してきた。
「貴方に、そう決める権利はないと思いますが?」
 重要なのはキラ自身の意志ではないのか。アスランは怒りを抑えてこう告げる。
「そのキラが、今はお前に会いたくないと言っているんだ」
 それも当然だろうが、とカナードは笑う。
「イザーク・ジュールが自分の危険を無視してまであの子達が乗った脱出カプセルを守ってくれた。その時、お前は何をしていた?」
 普通の人間であれば、助けるどころかそれを邪魔してくれた人間の顔は見たくないと思うはずだろう? と言われて、アスランは一瞬、自分がそのようなことをしただろうか、と本気で考えてしまった。
「あれは、貴方が邪魔をしたからでしょう!」
 それ以前に、自分がキラを守りきれなかったからではないのか……とアスランは言い返す。
「本気で、そういっているのか?」
 カナードが目をすがめながら問いかけてくる。
「違いましたか?」
 自分は何も悪いことはしていない。
 そもそも、カナードが早々にあそこからキラを連れて逃げ出さないからそんなことになったのだろう。アスランはそう考えていた。
「お前が邪魔をしなければ、俺もキラ達の所に駆けつけることは可能だったのだがな」
 あるいは、アスランがイージスで向かっていれば、だ。
 そうであったならば、自分だってアスランが《今》のキラにあったとしても文句は言わなかっただろう。カナードはそうも付け加える。
 その言葉の中で、アスランはある一言に引っかかりを覚えた。
「……今の、キラ?」
 まるで、自分が知っているキラと今ここにいるキラと別人だといっているようではないか。
「お前の知っているキラは、今はもう居ない」
 少しでも自分たちのことを気にかけて、ニュースを見ていれば、プラントでも十分に情報が手に入ったはずなのだがな……とカナードはあきれたようにいってくる。
「そうしていれば、少なくともキラの友人を見捨てろなんてセリフを言えたはずがない」
 だから、本人が何と言おうと自分は最初からアスランをキラに会わせるつもりはなかった……とカナードは言いきった。
「カナードさん!」
「……自分の言動をもう一回振り返ってみるんだな」
 それで、本当に自分が正しかったのかを考えてみろ。そう言い残すと、彼はきびすを返す。そして、そのまま暗がりへと姿を消した。

 廊下を歩いていけば、ここまでの案内を頼んだディアッカと、何故かバルトフェルドが待っていた。
「思いこみとは恐いものだな」
 ため息とともに口にされた言葉にカナードは苦笑を浮かべる。
「あいつにしてみれば、悪いのは全部俺なんだろう」
 キラだけを連れて逃げられなかった……とそう付け加えた。
「確かに。民間人を放り出して逃げ出せる人間はそう多くはないだろうね」
 軍人であればなおさらだ、とバルトフェルドも頷いてみせる。
「しかし……困ったな」
 その後で、小さなため息とともに彼は言葉を漏らした。
「引っ越しをしてもらわなければいけないのだがね」
 ちょっと厄介な状況になりつつあるのだよ……と彼は続ける。
「何かあったのですか?」
「……どうやら、地球軍の別働隊がこちらに向かっているようなのだよ」
 しかも、その隊にはMSが装備されているらしい。そういって彼は顔をしかめる。
「狙いがなんなのかはわからないが……おそらく、ここにいては敵の攻撃を完全に防ぎきれないからね」
 ならば、こちらの有利な状況を作って先に攻撃をしかけた方がいいのではないか。その判断にはカナードも同意だ。
「こちらが知っているとは連中は予想しているかどうか、だな」
 知らなければ、油断しているだろうし……とそう言葉を返す。
「それを期待しているのだがね」
 どうやら、デュエルもバスターも使い物になりそうだからね……とバルトフェルドは笑う。
「……俺は、攻撃には加われないぞ」
 防御であれば、カガリやキラ達の存在を口実にできるだろうが……とカナードは言葉を返す。
「わかっているよ。もっとも、君がディフェンスに回ってくれるのであれば、俺としてはオフェンスだけに集中できるからね」
 アスランに関しては、攻撃の最前線に出て貰おうか……と彼は笑った。そして、キラ達は一番安全でなおかつ人目に触れずには足を踏み入れられない場所にいて貰えばいい、とそうも付け加える。
「そのような場所が?」
「俺たちが使っている母艦――空は飛ばないし、海にも浮かばないが――の艦長室だよ」
 そこであれば、戦闘中でなければ誰かが護衛に立つ。
 また、アスランが勝手に戦線を離脱したとしてもすぐに対策が取れるだろう。
「そうか」
 それに関しては、彼の言葉を信頼しよう、とカナードは考える。
「後は……あの子達がその状況を受け入れられるかどうか、だね」
 彼女たちのストレスを軽減できるかどうかが当面の問題だろう、とバルトフェルドは口にした。
「説明して納得させるしかないだろうな」
 それ以外に方法はないだろう。それでも、キラ一人でないから大丈夫ではないか。カナードはそう考えていた。