「……レイのバカ……」
 曲を弾き終わってほっとした瞬間、キラの口からこんな言葉がこぼれ落ちていた。
「どうしてですか?」
 何故そのようなことを言われるのかわからない。そういう表情でレイが聞き返してくる。
「バイオリンなんて……ここしばらく、練習はおろか触れてもいなかったんだよ!」
 ただでさえ下手なのに、全然指が動かなかったじゃないか……とキラは唇をとがらせる。
「そんなことありませんでしたよ?」
 大丈夫だ、とレイが言う。
「そうよ、キラ。ちゃんと弾けていたわよ」
 さらにフレイも、だ。しかし、この二人の評価はあまり信用ができないとキラは思っている。
「わたくしは、キラさまの音は好きですわ。とても優しい音ですのね」
 バイオリンは弾く人の声によく似ているというと言うが、本当にそうだ……とラクスが微笑みながら口を挟んできた。
「みんなが喜んでいたんだ。だからいいじゃないか」
 カガリはカガリで、こう言ってその場を締めくくってしまう。
「……でも……」
 やっぱり、とキラがさらに言葉を重ねようとしたときだ。
「キラ、ちょっといいか?」
 イザークが呼びかけてくる。
「何?」
 その表情から、きっと真面目な話なのだろうと判断をしてキラは取りあえず気持ちを切り替えた。そのまま立ち上がった彼女に、れいが「バイオリンは預かる」と言ってくれたので、遠慮なく頼んだ。
「どうかしたの?」
 そのまま、小走りにイザークの元へと駆け寄っていく。
「取りあえず……うちの母から五分後に通信が入ることになっている。急で悪いが、付き合ってくれ」
「エザリア様から?」
 イザークがここにいてもそのようなことが可能なのだろうか。そう思ってキラは小首をかしげる。
「多少の無理なら、それをたたき壊してでも可能にするぞ、うちの母は」
 立場上、多少の公私混同は許される立場だからな……と苦笑を浮かべながらイザークはキラの肩に手を置く。そして、彼女を促してきた。
「ご迷惑でないなら、僕は構わないけど」
 何よりも、記憶の中にいる彼女は、目の前の彼と同じように優しい微笑みを浮かべていてくれた。そんな彼女にもう一度会いたかった、と言うこともキラの本音である。
「それは良かった。用件は、婚約に関しての最終確認だ。それがあるとないとでは手続き上、ちょっと変わってくるからな」
 もっとも、たんに彼女がキラの顔を見たいだけ……と言うことも否定はしないが、とイザークは苦笑を浮かべながら口にした。
「手続きだけならば、バルトフェルド隊長が代行してくださっても構わないんだよ」
 別に、あれこれ手間をかけて直接回線をつながなくてもいいのだ……と、彼はさらに付け加える。
「その後で、どうせ俺には文句を言ってくるはずだしな」
 自分がキラの側にいられないから、と言って……とため息を吐くイザークに、キラは信じられないというように目を丸くした。
「あのエザリア様が?」
「母上だからだ」
 エザリアはヴィアが大好きだったから……とイザークは言いきる。
「……ママ……」
 その言葉にキラは視線を落とした。
「ママのことを知っているのは……もう、僕たちの他はエザリアさまとイザークだけ、なんだよね」
 アスランですら知らない、とキラは付け加える。
「それが、辛いのか?」
 イザークの問いかけに、首を横に振ってみせた。
「イザークが覚えていてくれるから、いい。それに、エザリア様も……」
 自分たちが知らないヴィアのことを話してくれるだろうから、と微笑んでみせる。
「母さんも、そういっていたから」
 でも、イザークには彼女のことを話せないかもしれない……とそうも付け加えた。
「何故だ?」
 キラの言葉に、彼が驚いたように問いかけてくる。
「イザーク?」
「確かに、俺はお前を引き取ってくれたご夫婦のことは知らない。でも、お前が教えてくれれば色々と知ることができる。それではダメなのか?」
 この言葉に、キラはまた首を横に振った。
「そういってくれると思っていなかったから……」
 つまらないって言われると思っていた……とキラは付け加える。
「なんでだ?」
 しかし、イザークはキラの言葉に驚いたように聞き返してきた。
「……自分が知らない相手のことを聞かされても面白くないって……そういわれたことがあるから……」
 男の人はみんなそう思っているのかと思った……と口にする。だから、ヘリオポリスにいってからは、できるだけ側にいる人の話題以外出さないようにしていたのだ。もちろん、それは自分たちのことを見つけ出されないように、という配慮があったことも否定しない。
「そう考えている人間もいるだろうが……俺は、お前のことなら何でも知りたいと思う」
 その方が、話題が増えるだろう? と彼は口にする。
「うん。でも、無理していない?」
 それだけが気になる、と言外に付け加えた。
「大丈夫だ」
 それよりも、とイザークはさりげなく言葉を重ねてくる。
「お前の話を聞きたがらなかったのは誰か、聞いても構わないか?」
 この問いかけに、キラは一瞬、堪えるべきなのかどうかを悩む。しかし、ラクスとイザークが知り合いだったのであれば、彼ともそうなのではないか。ならば、彼の口から聞かされるかもしれない。
 それよりは、と思ってキラは口を開く。
「……アスラン……アスラン・ザラ」
 幼なじみだから、と小さな声で付け加える。
「そうか」
 やはり知り合いだったのか、とその口調から判断をした。でも、仲が良さそうには思えない。
「アスランなら、今、ここにいるぞ。命令無視をしてここに来たから、営巣に入っているが」
 会いたいのか? と聞かれて、キラはすぐに頷くことができなかった。