その報告はラウの元にも届けられていた。 「まさかとは思ったが……これだけの艦隊を陽動に使うとは、な」 それだけあちらにしても何が何でも手に入れたい存在だ、と言うことなのか。それが他の誰かであれば無視しても構わなかっただろう。しかし、可愛い――一部その範疇から外れるが――弟妹達が連中の目的なのだとすれば、無視できない。 「かといって、私まであの馬鹿者のマネはできぬしな」 自分がこの場を離れれば、後数時間後に迫った作戦がどうなるかわかりきっている。隊長である以上、それが許されるはずがない。 それに、と自分に言い聞かせるように言葉を重ねる。 「ここできっちりとあちらを叩きつぶしておかなければ……敵の増援を許すことになるだろうからな」 そうなれば、いくらバルトフェルドでも持ちこたえることはできない。そして、こちらで敗退をした者達が、即座に体制を整えられるとは思えないのだ。 「あちらには、カナードもいる……それにあの男も向かっているという話だ」 だから、今すぐ自分がいかなくても大丈夫だろう。 こちらの片を付けて救援に駆けつけるまで持ちこたえてくれるに決まっている。 「私は、私がすべき事をするだけだ……」 だから、それまで無事でいて欲しい。 そう祈るしかできないことは悔しいが、それでも信頼できる者達がみな、あちらにいてくれるから大丈夫だ。 後は自分ができるだけ早く向かうだけだろう。 「……取りあえず、根回しだな」 ミゲルとニコルには申し訳ないが、作戦が終了次第、バルトフェルドの元へ向かえるように手配をするか。 その方が自分らしいだろう。そう判断をして、ラウは腰を上げた。 営巣、と言われてはいるが、どうやらかつては従業員用に使われていた部屋らしい。それでも、扉は頑丈なものにかけられているし、半地下のためか窓は小さい。しかも、ご丁寧に鉄格子がはめられている。 「それでも……逃げ出せないわけではないな」 アカデミー時代は必要がないと思っていた知識も、実際にその場面に直面すればその必要性を認識せざるを得ない。 しかし、だ。 問題は脱走した後だろう。 「……キラの元に行くまでに見つかるだろうしな」 ここに来るまでの間にも、監視カメラがそれなりに設置されているのが確認できた。それらが今も生きていることは否定する気にもなれない。まして、ここにはラクスがいるのだ。そう考えれば、警護は万全だろう。 「隊長達が来れば、間違いなくキラと話をしている時間はなくなるだろうな」 ラクスと共に本国に帰還を命じられることは目に見えている。 最悪、そのまま本国で謹慎だろうか。 「あちらが、これほど早く動くとは思っていなかったしな」 そして、バルトフェルドがラウの言葉を素直に受け入れるとも思わなかった。いや、この場合はラクスが、と言うべきかもしれない。 だが、それはどうしてなのだろう。 「俺が知らないところで、何かあったのか?」 それとも、自分が何かをしたのだろうか。しかし、それもすぐには思い当たるものはない。そもそも、自分たちはそこまで深い付き合いではなかったのだ。儀礼的に何かのおりに訪問をする程度だったのに、とそう思う。 「キラに関しては、まったく思い当たることはないしな」 カナードもそれは覚えているはず。 だから、キラが関係しているとは思えない。 そうなると本気でどうしてこうなったのかがわからなくなってしまう。 「……まったく……」 誰かが自分を恨んでの行動なのだろうか。 その可能性が一番高いかもしれない、とそう思う。自分の実家の立場だけで恨まれたと言うこともないわけではないのだ。何よりも、ラクスと婚約をしたと言うことで彼女のファンに恨まれたあげく突撃されたという経験もある。 「くだらないことで、俺の邪魔をするな!」 自分は、キラに会いたいだけなのだ。 そして、安全な場所に保護したい。それがラクスの元だとしても、自分は文句を言わないだろう。 そんなことを考えていたときだ。 「……ピアノ?」 ずいぶんと余裕があることだな、と心の中で呟く。 はっきり言って、音楽を聴いている余裕は自分にはない。だが、彼らは違うのだろう。 「ラクスが歌っているのか」 しかし、ピアノの音に混じって聞こえてくる歌声を耳にして、そうではないのかもしれないと思い直す。 先ほどの一件があったからかもしれない。もっともそれは自分には関係のないことだ。ここにこうしていることすらも、本来であれば不本意だと言っていいことなのだし。 「……貴方も何を考えていらっしゃるのでしょうね」 ラクス・クライン……とアスランははき出す。 彼女があのような言葉を口にしなければ、そもそも自分はここにいれられなくてすんだはずなのだ。 「結局、結論はそこに戻るのか」 また同じ事を考え始めてしまったという事実に、アスランは思い切り顔をしかめる。 「一度、話し合いをしなければいけませんね、貴方とは」 そのままこう言葉をはき出したときだ。 ピアノと歌の他に、もう一つ楽器が加わる。他の二つに比べるとつたないとしか言えない。だが、アスランにはそれは関係ないことだ。 「これは……キラのバイオリンか?」 聞き覚えがある優しい音にアスランは反射的に窓に駆け寄る。 月にいた頃、何度となく耳にしたことがある音がそのまま外から響いてきた。 「やっぱり、ここにいたんだね……キラ」 口元に笑みを刻みながらこう呟く。 「大丈夫。すぐに会いに行くから」 やはり、本気でここを抜け出す方策を考えなければ。しかし、それよりも今は小野尾とを聞いていたいと、そう思う。 「音楽なんて、眠くなるだけだと思っていたんだがな」 キラのそれだけは別。 それはきっと、自分がキラ本人を大切に思っていたからだろう。そんなことを考えながら、アスランはキラのバイオリンを聞いていた。 |