戻ってきてみれば、何故かホテル内がざわめいているような気がする。
「何かあったのかな?」
 微かに不安そうな響きとともに言葉をはき出す。
「気のせいだろう」
 その呟きをカナードがあっさりと否定した。
「そう、かな?」
 普段であれば彼の言葉を疑うと言うことはしない。しかし、今はそう思えないのだ。
「何かあったにしても、バルトフェルドが呼びに来なかったんだ。たいしたことではあるまい」
 小規模な衝突ぐらいは日常茶飯事だろうからな……と付け加えられてしまえば、キラには反論のしようがない。
「そうよ。どこかのバカが押しかけてきたぐらいでしょ」
 いつものことよ、とアイシャも笑い飛ばす。
「本当にやばいときには、アンディもMSで出るの。でも、あの人の機体は複座だから、私がいないと意味がないのよね」
 自分がここにいると言うことは、そういう状況にならなかっただけだ……と彼女はさらに言葉を重ねた。
「殺気立っているとすれば、敵が弱くて燃焼不良になっているからかもしれないわね」
 気分転換にラクスに一曲歌って貰えば、それだけで収まるような気もする……と彼女は続ける。
「ラクスさんの歌……」
「そういえば、こっちに来てから一曲も歌って貰っていないわ!」
 あの子の声は大好きなのに! とフレイが慌てたように口にした。
「キラが頼めば歌ってくれるかしら」
 さらに、こう言ってくる。
「どうだろう。でも、ラクスさんの場合、歌うことがお仕事みたいだから、あまり無理強いしても悪いよ」
 ただでお仕事をしてくれと言っているみたいじゃない……とキラは微かに顔をしかめた。
「そうなんだけど……」
「相談してみるくらいは構わないんじゃないのか?」
 いざとなれば、あれこれ名目を付けてしまえばいいだけだろう……とカガリも口を挟んでくる。
「ついでに、レイもいるしな、今は」
 さらに付け加えられた言葉に、キラは一瞬悩む。どうしてレイなのか、と考えたところである結論を見つけた。
「レイ、ピアノ習っていたんだっけ」
 伴奏できるの? と彼に視線を向ける。
「ラクスさまの曲はプラントでは楽譜も販売されていますから……でも、本当につたないものですよ」
 自分のピアノは、とレイははにかんだような笑みを浮かべた。
「でも、聞かせてくれる?」
 レイがひいてくれるなら嬉しいから……とキラは小首をかしげる。
「それなら、ホールにあるピアノの鍵を開けて上げるわ。でも、調律できているかしら」
 できていなかったとしても、誰かができるわね……とアイシャも頷く。
「……何か、いつの間にか俺がピアノを弾くことになっているんですが……」
 ラクスの歌の話ではなかったのか、とレイが真顔で問いかけてきた。
「あきらめろ」
 それに対するカナードの答えはそれだけだ。
「……カナード兄さん……」
「俺にはできないんだ。そのくらいしてやれ」
 キラが喜んでくれるぞ、と付け加える彼は何なのか。
「そうですね。姉さんが喜んでくれるなら、他の誰に何を言われても構いませんよね」
 しかも、レイはあっさりとそれだけで納得してしまう。
「だから、何なの?」
 どうしてそれで納得をするのか。キラは本気で悩む。
「いいじゃない。お楽しみが増えたんだし」
 フレイのように割り切れればいいのかもしれないが、そうもできない。
「だって……」
「戦場だって……いえ、戦場だからこそ気分転換が必要なのよ」
 バルトフェルドも、普段はコーヒーのブレンドをして気分転換を図っているのだから、とアイシャは口にする。もっとも、それが成功していると言えないのだが、と彼女は苦笑を漏らした。
「……そうなんですか?」
 興味津々という様子でフレイが問いかける。
「たまにおいしいときもあるけどね。ほとんどが失敗じゃないかしら」
 少なくとも、人には勧められないわ……と彼女は微苦笑を浮かべた。
「私は付き合うけど、ね。あなた方には飲ませないから安心して」
 それも愛情なのだろうか。ちょっと悩んでしまう。
「あのコーヒーは……キラ達には強烈すぎるからな」
 女性向きの味ではない、と取りあえず言っておいた……とカナードが口にした。
「飲んだの?」
「……まぁ、な」
 一種の通過儀礼だろうと言うことでカップを空にはしたが、二度目は無理かもしれない。自分でも料理をするから、カナードは舌が肥えている。だからこう言ったのだろうか。
「……取りあえず、注意だけはしておくわ」
 この言葉に、一抹の不安を感じてしまうキラだった。