最低限必要なものをそろえて終わりだろう。
 そう思っていたのに、どうやら現状は違うらしい。
「……何で、ドレスまで……」
 キラはアイシャの手の中にあるものを見て、こう呟いてしまう。
「何言っているの。このくらい、普通よ」
 キラの退路を塞ぐように背後からフレイがこう言ってくる。
「そうそう。大丈夫よ。みんなの目の保養になるわ」
 だから、安心して決めましょう……とアイシャはさらに何枚かを抜き出してキラの前に差し出してきた。
「あわせてみて」
 体の前に下げるだけでいいから、と微笑む彼女の迫力にキラは渋々言われたとおりの行動を取る。
「……やっぱり、オーブから持ってくるんだったか」
 今ひとつぴんと来ないのだろうか。カガリがこう呟いているのが聞こえた。
「カガリ! 僕は……」
「遊びじゃない。いい加減、婚約のこともはっきりさせないとまずいだろう?」
 ウズミとホムラから許可が出たから、写真だけでも送っておこうと思っただけだ……と彼女は口にする。
「あいつは軍服でもいいけどな」
 でも、キラはきちんと着飾らないと! とカガリが力説してくれた。
 しかし、と思う。
「いつの間に、そういうことになったの?」
 イザークと正式に婚約するのはいやではない。それを発表できることは嬉しいと思う。
 だが、自分を抜きにして話を進められるとどこか面白くないと思えるのはどうしてなのか。
「正式に決まったのは夕べだ。カナード兄さんには許可を貰ったぞ」
 キラとイザークには聞くまでもないことだと思ったのだが……とカガリは付け加える。自分は間違っていたのか? とさらに真顔で問いかけてくる。
「そういうわけじゃないけど……」
 でも、とキラだって思う。
「あいつにプロポーズして貰ったんだろう?」
 さらにこう付け加えられて、キラの顔は真っ赤に染まった。
 それはきっと――いや、間違いなく、先日のあのシーンのことを指して言われているのだろう。そこをレイとフレイに見られていたことも忘れていない。しかし、真顔で言われるとどうしても恥ずかしさを消せないのだ。
「だから、だ。プラントのエザリア様からも許可をもらえたそうだからな。もっとも……オーブでは内々での発表になるが」
 まだ反対をしているバカが一匹いるからな……とカガリは吐き捨てる。
「……それは、当然のこと、だよね」
 ホムラが自分とカナードの後見人になってくれたときにも『お前達を認めたのは、オーブの役に立つと思ったからだ』と言われたのだ。
 いや、それだけではない。
 キラの結婚自体がオーブにとっての利益になるかどうかによって決められるぐらいの覚悟をしろとも言われている。
 そのことを自分はカガリに言った覚えはないが、彼女のことだからどこからか聞きつけてきたのかもしれない。
「お前は私の従姉妹だが、アスハの一員というわけじゃない。だから、お前の結婚は自由に決めていいことだ」
 そういいながらも、彼女の手にはしっかりとドレスが握られている。
「これが似合うんじゃないのか?」
 言葉とともに、彼女はキラの体にそれを合わせていた。
「確かに、なかなかいいわね」
 淡い藤色のそれはシンプルだからこそキラの清楚さを引き立ててくれる。
「そうね。それだったら、後はアクセサリーに凝れるものね」
 キラの服装に関しては一番うるさいであろうフレイもあっさりと頷いてみせた。
「ひょっとして、アクセサリーまで買うの?」
 いくら気分転換にしてもやりすぎではないのか。キラはだんだん不安になってくる。
「心配するな。私がオーブから持ってきたもので間に合うはずだ」
 ドレスもそれで間に合えばよかったのだが、どうしても自分用のそれはキラには似合わないからな……とフレイではなくカガリが口にする。
「何よりも、サイズが違うものね」
 キラの方が全体的に細身だから、とアイシャが笑う。
「まぁ、しかたがないわ。貴方は体を鍛えているし、キラちゃんはそうじゃない。その差が出ているだけのことよ」
 多少のサイズの違いは女性としての魅力とは関係ない。だから気にしないの、とアイシャはさりげなくカガリへのフォローも忘れていない。
「と言うことで、それにしましょう」
 そろそろ男性陣があきてきたようよ、と彼女は付け加える。視線を向ければ、確かにレイが所在なさげだ。一方、カナードの方は平然としている。それも年齢の差なのだろうか。
「きっと、彼も心配しているはずよ」
 小さな笑いとともに彼女はさらに言葉を重ねる。
「……あいつか……」
 まぁ、そのくらいでなければキラを預けられないが……とカガリも頷く。
「でも、プラントに行っちゃったらキラで遊べなくなるのよね」
 無意識なのだろう。フレイがこんな言葉をこぼす。
「……フレイ?」
 僕で遊ぶって、何? とキラはとっさにつっこんでしまう。
 その瞬間、彼女は『しまった』という表情を作る。しかし、すぐに開き直ったのだろう。
「だって、キラにあれこれ着替えさせられなくなるじゃない。あたしに似合わない服でもキラなら着こなしてくれるんだもの」
 それを見ているのが楽しかったのだ! と彼女は言い切る。
「あぁ、その気持ちはわかるわ。自分が着られない服でも綺麗だと欲しくなるものね」
「キラはたいがいの服が似合うからな」
 さらに二人までもがそんなフレイの味方をしてしまう。
「……僕は着せ替え人形じゃないのに……」
 こうなったら、自分に勝ち目はない。それでも、こうぼやかずにはいられないキラだった。