ハッチを出た瞬間、物々しい雰囲気が伝わってくる。
 それは当然のことなのだろうか。ここは最前線に近い場所なのだ。
「……しかし、どうして俺に銃口を?」
 自分は当然の事をしただけだ。アスランはそう考えていた。しかし、ここでは違うらしい。
 だが、と心の中で付け加える。
 いずれ、父からこの行動に対する命令書が届くはず。いや、既に届いているのだろうか。
 だから、何も心配はいらない。
 その気持ちのままゆっくりと降りていく。
「ようこそ。アスラン・ザラ君」
 そんな彼の耳に、低い声が届いた。ラウと同じように他人を従わせる響きを持ったそれの主が、ここの隊長であるバルトフェルドのものだろう。
「……バルトフェルド隊長……」
 今、一番の問題は彼がどのような行動を取るか、だ。
 何故か、彼とクルーゼは仲が悪いらしい。
 それを考えれば、自分たちを煙たがっている可能性は否定できないだろう。
 だが、イザークとディアッカの様子を見れば排斥されているようには感じられない。むしろ、他の者達となじんでいるようだ。
 ならば、自分もそうできないはずがない。
「よかったよ。少なくとも名前と立場だけは知っていてくれるようで」
 にやり、と彼は笑う。それはどう猛な肉食獣の笑みだ。それがなければ、この地を管轄することなどできないのだろうか。
「残念だが、君はそのまま営巣行きだ」
 さらりと彼はこう告げる。
「クルーゼ隊長の命令を待たずに、こちらに来たことが原因でしょうか」
 本国からの指示だったのだ、とアスランは付け加えた。ただ、命令がうまくクルーゼ達に伝わっていなかっただけだろう、とも。
「わたくしからの希望ですわ、アスラン」
 しかし、予想外の答えが耳に届く。同時に、バルトフェルドの背後からラクスが姿を現した。
「大きな作戦を控えているときに、私事で動くことが正しいのかどうか、貴方なら正しく判断してくださると思っていたのはわたくしの思い違いでしょうか」
 冷静な口調でラクスが問いかけてくる。
「どのみち、作戦が終わるまでは貴方はもちろん、わたくしもジブラルタルはともかく本国へ戻ることはできませんわ」
 何よりも、と彼女は言葉を重ねた。
「たまたま、バルトフェルド隊長にご相談に乗って頂いているときにニコル様から通信が入りましたの」
 アスランが勝手にいなくなってくれたおかげで、あちらは現在大混乱の最中だと言う。せめて一言ぐらい残すか、作戦が終了するまで待つべきだっただろう、と彼女は続ける。
「そう言う方を婚約者と認めるのはものすごく不満ですの。ですので、しばらく顔を見たくないとお願いしました」
「俺としても、いくら命令とはいえ、この状況でそういう自分勝手な行動を取るオコサマはきらいなんでな」
 ここでは自分が法律だ、とある意味とんでもないセリフを彼は口にする。
「それが許されると?」
「ここにいるメンバーがみな、口裏を合わせてくれるというのでね」
 どのみち、今は動けないのだ。アスランがどこにいようと、別に気にするものはいないだろう。そういって彼はさらに笑みを深めた。
「そういうことだからね。俺としては君にケガをさせるつもりはない」
 大人しく言うことを聞いてくれると嬉しいのだがね……と彼は続ける。
「あくまでも『いやだ』と申し上げたらどうなりますか?」
 イザークとディアッカだけではなくラクスまであちらに着いているのが辛い。彼女の言葉であれば無条件で信じるものが多いというのも事実なのだ。それだけ、ラクスの方が公的な場面に出ることが多い、と言うことでもある。
 この場合、どうすることがよいのか。
 確かに、このタイミングと言うことはまずかったのかもしれない。
 それでも、もう我慢ができなかったのだ。
 しかし、ここで大人しく彼等に従えば《キラ》に会えなくなるかもしれない。
 そんなことを考えながら、アスランはイザークをにらみつける。
 ひょっとしたら、彼がラクスに何かを吹き込んだのかもしれない。その可能性に気が付いたのだ。
「さて、どうするのかね? 強引に連れて行って貰う方がお好みなら、そうするぞ」
 自分はどちらでも構わないが……とバルトフェルドが言葉を重ねてくる。
「自分は納得しておりませんが?」
 何故、営巣に入らなければいけないのかを……とアスランは言い返した。
「自分は命令に従っただけですが?」
「だが、我々は許可を出していない。ついでに……君の行為はこの基地の場所を敵に知らせる可能性もあったのだよ」
 連中はまだ、ラクスの場所を知らなかった可能性がある。だがアスランが来たことで特定する機会を与えてしまったのではないか。ここまで言われて、アスランは初めてその可能性に気付く。
「どうやら、理由に気付いたようだな」
 取りあえず、対処を取るまでの間、営巣に入っていて貰おうか。
 言葉とともに、周囲をバルトフェルドの部下達が囲む。
 ここで下手に逆らえば、確かにこちらの立場が悪化するだけだ。
「しかたが、ありませんね」
 不本意だが、ここは彼の言葉に従わなければいけない。アスランはそう判断をする。
「何。時期にクルーゼ隊長もいらっしゃるだろう。それまでのことだよ」
 この言葉に、アスランは唇を噛む。
「ご自分の行動をじっくりと考えてくださいませ」
 ラクスの言葉が、彼に追い打ちをかけてくれた。