「フラガ大尉……」
 荷物をまとめていたときだ。ラミアスが呼びかけてくる。
「もう、俺は『大尉』じゃないんだけどな」
 つい先日、怒りにまかせて辞表を提出した――もちろん、半分はポーズだった、しかし、渡りに船だったと言うことも否定はしない――それが正式に受理されているかどうかは既に確認の取りようもないが、構わない。
「……すみません。つい、癖で」
 申し訳なさそうにラミアスが視線を落とした。
「まぁ、それは俺も同じだけどな、艦長さん」
 苦笑とともにムウはこう告げる。
「そのうち、階級なしって言うのにもなれるだろう」
 もっとも、その時に自分が彼女の側にいるかどうかはわからないが。心の中だけでそう付け加える。それでも、キラがここに戻るというのであれば会うこともあるだろう。
「取りあえず、モルゲンレーテに就職が決まったんだろう?」
 当面はそこで落ちついて、色々と考えればいいさ。言葉とともに笑みを向ける。
「そう、ですね……」
 しかし、と悩むのは、彼女のなりの理想を持って軍人に志願したからだろう。それを全て否定されたのだから当然のことなのではないだろうか。
 彼女がこの様子であれば他のものも同じなのかもしれない。誰かに頼んでこっそりとカウンセリングを受けさせた方がいいのかもしれないな……と判断をする。ある意味、今までのアイデンティティを壊されたようなものだからな、とそうも心の中で呟いた。
「でも、た……ではなく、フラガさんは?」
 モルゲンレーテにはおいでにならないのですよね? と彼女は問いかけてくる。
「あぁ。お嬢ちゃん達のことが気になるからな。幸い、オーブもあちらに軍を派遣するって言うし、混ぜて貰うことにしただけ」
 白兵戦はどちらかというと苦手だが、それでも何とかなるだろう……とフラガは笑ってみせた。
「なら……」
「マリューさんはダメだって。技官だろう、元々は」
 それに、とムウはさらに優しげな笑みを浮かべる。
「お前さんには他の連中の面倒を見て貰わないとな」
 言いたくはないが……とそっと声を潜めた。
「残った連中の中にも、あちらのスパイがいないとは限らない」
 あまり疑いたくないのだが……とはき出せば、彼女も頷いてみせる。しかし、異論が出てこないと言うことは、彼女もその可能性に気付いていたと言うことか。
「モルゲンレーテのデーターはともかく、カナードが作ってくれたあれはまずいだろうしな」
 もっとも、あれを取り出すことは不可能だと言っていい。しかし、もう一つ知られるとまずいこともある。
「お嬢ちゃん達の居場所もばれるとまずいからな」
 そして、他のオコサマ達も、だ……と口にすれば、彼女はしっかりと頷いてみせた。
「実戦は俺に任せておいてくれればいい。だから、マリューさんはマリューさんでできることをしてくれ」
「はい」
 どうやら納得してくれたようだ。
「……でも、フラガさんも無理はなさらないでくださいね」
 彼女はそっとこう囁いてくる。
「必ず、みんなで無事に戻ってきてください」
 この言葉に、ムウはキラ以外に見せたことがない笑みを浮かべた。

「隊長!」
 焦った様子でニコルが飛び込んで来た。
「……アスランが!」
 温厚な彼にしては珍しく怒りをあらわにしている。それも当然だろう。
「いずれ私の命令を無視するだろうとは思っていたが……」
 もうじき、こちらの作戦が展開されるこの時期に飛び出すとは思ってもいなかった。それとも、自分が彼の《キラ》に対する執着を甘く見ていたのだろうか。
 その可能性はあるな……と自嘲の笑みを浮かべる。
「まぁ、いい。アスランに関しては、バルトフェルド隊長にお任せしよう」
 自分たちは今、それに関わり合っている余裕がない。ラウはそう付け加える。
 もちろん、本音は逆だ。しかし、それをニコルに告げるわけにはいかない。
「もっとも、戻ってきたときにはただではすます予定はないが」
 無事に戻ってこられるかどうかもわからないな、とそうっとはき出す。
「……申し訳ありません」
 それでも責任を感じているのだろう。ニコルがこう言って謝ってくる。
「君達のせいではないよ。アスランが無責任なだけだ」
 これから、配置を再検討をしなければいけない。取りあえず、飛行できるタイプの新型を自分用に手配しなければいけないだろう。その手間が厄介だ。
 その前に、とラウは腰を上げる。
「隊長?」
 どうしたのか、とニコルが問いかけてきた。
「私の部下の不始末だ。私からバルトフェルド隊長にご連絡をするのが筋だろう」
 ついでに、事が終わるまで営巣にでもたたき込んでいて貰おうか。あるいは、ラクスに全てを任せてもいいのかもしれない。
「……本当にアスランは……ラクスさまの元へいかれたのでしょうか」
 ふとニコルがこう呟く。
「どういうことかね?」
「……アスランのあの方に対する言動と今回のことがどうもうまく結びつかないんです」
 彼の洞察力は確かだ。その事実にラウは満足をする。
「他にどのような理由があるのかは……今度の作戦が終わった後、本人に問いかけよう」
 おそらく、自分たちもまたあの地に赴くことになるのではないか。ラウにはそんな予感があった。

 男はその報告に小さな笑いを漏らす。
「どうやら、うまく引っかかってくれたようですね……」
 ならば、と彼はさらに笑みを深める。
「あれは私たちがいただきましょう」
 そうすれば、あの忌々しい砂時計を全て破壊してしまっても構わない。そうなれば、世界はどれだけ美しいものになるか。それを考えて、男は目を細めた。