「この事は、お前の母親は最初から承知していることだ」
 最初から、彼女は自分やキラがどのようにして誕生したかを知っていた。それでも、キラを息子の婚約者にしても構わないと考えていたのは、それだけヴィアを大切に思っていたからだろう。
 同時に、ユーレンの作ったあれを信頼していたからか。
 そういう彼女であれば、キラを預けても大丈夫だ。
 ヴィアや兄たちにそういわれて、自分も渋々認めた。だが、その後のエザリアの態度でその選択は間違っていなかったのではないか、と思うようになったことも事実。
 しかし、イザークはどうだろうか。
 あのエザリアの息子だから大丈夫だとは、と思いたい。
 こんなことを考えながら、カナードは彼の顔を見つめる。
「取りあえず、ここにいるカガリはキラの実の姉――と言っていいのかどうかはわからないが――だ。普通に言えば、二卵性の双子になるのか」
 もっとも、キラの場合コーディネイトされているから、それだけでも違うような気がするが。
「……彼女はナチュラルだ、と聞いていますが?」
 コーディネイトされた受精卵を体内に戻す前に、彼女が既にヴィアの中にいたのだろうか。
 だとするならば、どうして彼女はあの時一緒に暮らしていなかったのだろう。
 そう考えていることがイザークの表情から推測できる。そういう素直なところも自分が彼に好感を抱いている原因なのかもしれない。
「そうだ」
 そう考えながら、頷いてやる。
「ユーレンは遺伝子工学の専門家だったからな。おそらく……比較対象が必要だったのだろう」
 自分の時は、ほとんど偶然だったそうだ。
 それでも、自分の存在があったからこそ、彼はキラをこの世界に誕生させる決意をしたのかもしれない。
「彼は、父親であることよりも研究者であることを優先していたからな」
 他人から見れば常軌を逸していると思えるユーレンだが、それでも彼はキラもカガリも愛していた。そして、自分たちもだ。それ以上に、ヴィアを愛していたことは否定できない事実だが。それはそれで構わないと思っている。
「……ならば、あなた方とキラは、正式にはきょうだいではないと?」
 もっとも、キラがそう思っているのであれば《きょうだい》でかまわないのではないか、と彼は真顔で口にした。
「俺とキラは、別の意味で兄妹だがな」
 小さな笑いとともにカナードは口にする。
「その前に、お前はユーレン達が何を研究していたか、知っているか?」
 彼がどこまで知っているか。
 それによって説明の内容を微妙に変えなければいけないだろう。
「……コーディネイターの未来に関係していて、ナチュラルの女性の中にも必要としている人がいる研究だ、とは母から聞いています」
 詳しい内容までは聞いていない。
 彼は申し訳なさそうにこう告げた。それを知っていれば、もっと的確にキラを守れたのだろうか。それが彼の本年だと言うこともわかる。
 しかし、これから告げることを聞いても、まだ、そう言えるのだろうか。
「人工子宮」
 ただ一言、こう告げる。
「カナードさん?」
「それがユーレンが研究していたものだ。そして……俺とキラは、それから生まれた」
 母親の胎内の温かさを知らずにな、と付け加えた瞬間、カガリが目を伏せる。彼女はこの事実を未だに負い目だと感じているらしい。それについても、後でじっくりと話し合わないといけないか、と判断をする。
 だが、今優先しなければいけないのは、目の前の相手とキラのことだ。
「そして、レイも、だ」
 後数年時間があれば、間違いなく完成していただろう。
「……それでも、キラもあなた方も、あの方に愛されていた」
 違いますか? とイザークは問いかけてくる。
「イザーク・ジュール?」
 何を言い出すのか、とカガリが顔を上げた。その隣で、カナードも静かに彼を見つめている。
「キラが……自分の存在に何か負い目を持っていたことは、あのころから気付いていました。でも、俺が守りたいと思ったのは、俺の目の前にいたあいつです。その気持ちは、今も変わっていません」
 それに、とイザークは穏やかに笑う。
「人工子宮の存在は、貴方がおっしゃったとおりコーディネイターには必要なものだ。これから、それから生まれる存在がいないとも限らない」
 その時、彼等にとってキラやカナード達の存在がどれだけの支えになるか。
 何よりも、それがあることで婚姻統制が撤廃されるかもしれない。
 そちらの方が、自分には有益なことだと思える……と彼は言いきる。
「それ、本心だな?」
 カナードが口を開くよりも先に、カガリが問いかけた。もっとも、それは自分が聞きたいことでもあるから、構わないか。取りあえず、カガリが失言をしたら割って入ればいいだろう。カナードはそう判断をする。
「もちろんだ。人工子宮だろうと何だろうと、キラを俺の前に存在させてくれたなら感謝するだけだ」
 その言葉は、嘘ではないだろう。
「母もそれを知っているのであれば、そのことで彼女を貶めようとするものは、ジュール家にケンカを売ったことと判断をして、徹底的に叩きつぶさせていただく」
 相手が誰であろうと容赦はしない、と言うところは、彼の気の短さを表しているのだろうか。だが、キラにはそういう相手の方があっているような気もする。
「嘘ではないな?」
 カガリが確認をするように問いかけた。
「そんなことで嘘を言って何になる」
 キラを失うだけだろうが! とイザークが切り返す。その表情から、彼が嘘を言っているようには見えない。
「一応、信頼しておく。だが、もしキラを泣かせてみろ? オーブとプラントの間の国交が断絶するからな」
 まぁ、そのかの性は否定しないが……とカナードは心の中で呟く。しかし、そこまで言い切っていいのか、と不安になる。
「何故、そういいきれる」
「決まっているだろう! キラとカナードさんの現在の後見人が私の叔父である、ホムラで、私の父がウズミ・ナラ・アスハだからだ!」
 まぁ、この程度であればバラしても構わないか。
「だからこそ、お前の覚悟を確認したかったんだよ」
 カナードは苦笑とともにこう告げた。