無意識のうちに側にあったゴミ箱を蹴っていた。
「何、いらついているんだ?」
 それに気が付いたのは、ミゲルに声をかけられたから、だ。
「……いらついているわけではないが……」
 口ではこう言い返す。しかし、確かに自分はいらついているという自覚がアスランにはあった。
 理由は言わずもがな、だろう。
「流石に、鬱陶しい」
 しかし、本当の理由は口に出せない。だから、適当なセリフを口にした。それが功を奏したのだろう。
「女性陣の視線か?」
 いいことじゃないか、とミゲルが勝手に誤解してくれる。
「そうですよ。もう少しすればあきられますって」
 アスランにはラクスという婚約者がいるのだから、とニコルも頷いた。
「突撃してこないだけ、ましですよ」
 さらに付け加えられたこのセリフに何やら複雑なものを感じてしまう。というよりも、疲れているといた方がいいのだろうか。
「まぁ……頑張れ」
 ディアッカなら適当にあしらって、イザークは寄せ付けないんだろうが……とミゲルはニコルの肩を叩きながら口にした。
「……イザークと言えば、婚約するという話があるそうですよ」
 母から聞きましたが、とニコルがさりげなく告げる。
「婚約? イザークが?」
 あの同僚相手にそれを了承する相手がいるとは思えない。本人が聞いたら怒り出しそうなセリフをアスランは心の中で呟く。
「でも、前に聞いたことがあるな。婚約者がいるって」
 ただ、迂闊に披露できない……と言っていたのだ、とミゲルが口にした。
「どうしてですか?」
「婚姻統制とは関係のないところで見つけたらしい、とディアッカが言っていたな。その根回しがなかなか終わらないらしい、とも」
 他にもいくつかあったようだが……と彼は続ける。
「婚姻統制か……」
 確かに、それによって選ばれた相手以外を望むのであれば、それを覆させるだけの根拠が必要だ。それをそろえるのに時間がかかった、と言うのか。
 しかし、あの同僚にそうさせるだけの女性とはどのような人物なのだろう。
 それを知りたいと思っているのは自分だけではないはず。
 アスランはそれだけは自信があった。

 イザークに送られて部屋の前まで戻ってきた。
「お茶だけでも、飲んでいく?」
 フレイもいるだろうけど、と付け加えながらキラはイザークを見上げる。
「そうだな」
 その言葉に、彼は少し考え込むような表情を作った。
「ドアを開けておけば心配はいらないか」
 だが、すぐにこんな呟きを漏らす。
「イザーク?」
 どうしてそんなことを言うのか。キラには意味がわからずに思わず聞き返してしまう。
「……婚約者とはいえ、正式に結婚しているわけではないからな」
 それに、その事実が知れ渡っているからとは言っても、ある程度のけじめは必要だろう。もちろん、キラとお茶をする程度ならば問題はないが……と彼は言葉を口にする。
「だからといって、よからぬ誤解を与えるわけにはいかないからな」
 また、バカが出てきても困るだろう……と言う言葉に、キラは取りあえず納得をする。
「そうだね……ここは、オーブじゃなかった」
 平和な場所ではなく、戦場のすぐそばだった……とキラは申し訳なさそうに呟く。
「そんな場所にお前を引きずり出したのは俺たちだ。だから、お前がそんな表情をする必要はない」
 言葉とともにイザークの手がキラの頬に触れてくる。
「本当なら、少しでも早く安全な場所に移動させてやりたいんだが……」
 それもできないしな……と彼は申し訳なさそうに口にした。
「それこそ、しかたがないことだよ……」
 でも、イザークの側にいられるのは嬉しい……とキラは彼を見つめる。
「……本当にお前は……」
 それに彼は困ったような表情を作った。だが、すぐに微笑みを浮かべる。
「いつまでもここで話をしていると、あいつに怒られるな」
 お茶をごちそうしてくれ、という彼にキラは頷いてみせた。そのままドアを開ける。
 そのまま何気なく室内に視線を向けた瞬間、彼女の動きが止まった。
「どうした、キラ」
 何かあったのか、と口にしながら、イザークもキラの肩越しに室内をのぞき込む。一寸遅れて、彼もまた動きを止めた。
 室内にいたのはフレイとカガリとレイ、そして、この場にいるはずがないと思っていた人物だったのだ。
「カナード、兄さん?」
 信じられない、と言うようにキラは呟く。
「夢じゃないぞ」
 即座に彼は見慣れた笑みを浮かべる。そのまま、大股に歩み寄ってきた。
「取りあえず、後のことはウズミ様が引き受けてくださる……とおっしゃってくださったからな。任せてきた」
 そうっと彼はキラの頬に触れる。
「取りあえず、少しは丸みが戻ったか?」
 大切にして貰っていたようだな、と口にしながらカナードは視線をイザークへと向けた。
「もっとも、そうでなければ無理矢理にでも連れ帰っていたところだ」
 多少の問題ぐらいであれば自分で解決できるからな。そう言って笑う彼はいつもの彼だ。しかし、イザークはそのことを知らないはず。小さく息をのんだのがわかった。