「どうして、すぐに向かえないのですか?」
 ラクスの元に、とアスランは問いかける。
「現在、地球軍がおかしな動きをしているのだよ。我々が迂闊に動くことであちらにラクス嬢がいることを気取られてはいけない」
 彼女を盾に取られればどうなるか。それは言わなくてもわかるのではないか、とラウは言い返す。
「それならば、なおのこと行かせてください!」
 あの場から彼女たちを避難させなければ……と言う彼に、いったいどちらを避難させたいのかを聞きたくなる。
 もちろん、キラとラクスを避難させたいというのは自分も同じだ。
 だが、そのせいでバナディーヤが陥落するような状況を作り出すわけにはいかない。
 彼の地はジブラルタルやカーペンタリアのような軍事上重要な場所ではない。それでもあの力採掘される資源はプラントにとっても重要なものだ。
 何よりも、あの地で二つの種族が普通――そういっていいのかどうかはわからないが――に暮らしているという現状を無視できないだろう。
「あの地の指揮官は私ではない。バルトフェルド隊長だよ」
 彼が許可を出さない以上、勝手な行動を取るわけにはいかない……とラウはアスランに言い返す。
「それに、あそこにはイザークとディアッカがいる」
 彼等にはラクス達の安全を最優先しろ。その結果、バルトフェルドの命令に反するような行動を取ったとしてもしかたがない、と告げてある。それは最高評議会からの連絡でもあるから、心配はいらない、とそうも付け加えた。
「ですが!」
「君は、仲間を信頼できないのかね?」
 なおも詰め寄ろうとしてきた彼にラウは冷たい口調で問いかける。
「……信用はしていますが……」
 信頼はしていない、と彼は言外に告げてきた。もちろん、本人は自分がそう告げたなどとは思っていないだろう。
 やはり、カナードの言っていたことは正しかったのか……とラウは冷たい視線でアスランを見つめながら認識を新たにする。
 本人が自覚しているのかどうかはわからない。
 だが、アスランの心の中では自分とレノア、そしてキラ以外の人間はただそこにいるだけの存在だ。カナードやヤマト夫妻ですら、その接点を失えばアスランの中で意味を失う。
 月にいたころ、アスランの存在について訪ねた自分に彼はこう言ってきた。
 その言葉を信じていなかったわけではないが、実感したことは今までなかったのだ。
 だが、今は違う。
 ひょっとしたら、今の彼の耳には自分の言葉すらも届いていないのではないか。そんな疑問がわいてくる。
 しかも、だ。
 彼の場合、自分のしていることが正しいと信じ切っている。
 さて、どうしたものか。地球軍と戦闘をしている方がよほど楽かもしれない。
 だからといって、折れるわけにもいかないだろう。
 せめて、カナードがキラ達と合流できていれば話は別だが。それも、今しばらく時間がかかりそうだ。レイではまだまだ役者不足だし……とそうも思う。
「何よりも、こちらでも大きな作戦が控えている。我々はそちらに参加しなければならない」
 現在、危険が迫っているわけではないバナディーヤにアスランを行かせる余裕はないのだ、とラウは口にした。
「ですが、最初の予定では!」
「戦場は生き物だよ。予定とは変わってくることも多々ある」
 それに臨機応変に対応できないのであれば軍人としては失格だ、とそうも付け加える。
「いざとなれば、ラクス嬢だけこちらに来ていただくことになるだろうね」
 もちろん、護衛のために誰かは派遣することになるだろう。しかし、それがアスランになることはないだろうが……とラウが言った瞬間、彼の表情が凍り付いた。
 これは何か事を起こすな。
 アスランの表情の変化を見ながらもラウは心の中でこう呟いていた。

 どうやら、すぐにラクスは掴まったらしい。フレイと二人で姿を見せた。
「アイシャさんは『食堂で落ち合いましょう』だって」
 もう行っていたみたい、とフレイが報告をしてくる。
「そうなんだ」
 だったら迷惑だったのではないか、とキラは小首をかしげた。
「大丈夫よ。食事はみんなで取った方がおいしいもの」
 だから、気にしないの……とフレイは微笑む。
「そうですわ、キラ様。わたくしも、一人で食べるよりはお友達と食べたいと思いますの」
 ここにはいないが、お偉方との会食はどれだけおいしいものを出されても味気ないから……とラクスは付け加える。
「そうよね。ああいう席は気疲れするし」
 気楽におしゃべりをしながら食べられるのが一番よね、とフレイが同意をしてみせた。
「……それは言えるかも」
 キラだって、まったく経験がないわけではないから、それはわかる。
「ですよね」
 さらにレイも同意の言葉を口にした。
「状況によっては必要だっていうのはわかっているんだけどね」
 なれなければいけないのだろうが、なれないんだろうな……とキラは小さな声で付け加える。
「まぁ、その時はその時よ」
 大丈夫。何とかなるものだわ……とフレイが笑った。自分もそうだったし、という言葉にキラも笑みを返す。
「続きは食堂でしませんか?」
 さらにラクスも微笑みとともにこう言ってきた。
「そうね。そうしましょう」
 言葉とともにフレイがキラの手を取ってくる。それはいつもの仕草だ。
「うん」
 ここでも彼女の仕草が変わらない。その事実が、キラにとっては嬉しかった。