アークエンジェルの修理を請け負ってもらえただけでも十分だろう。ムウはそう思っている。
 だが、バジルールにしてみればここでカナード達が艦を下りるという言うことが納得できないらしい。
「だから、あいつらはオーブの民間人なんだって……カナードの実力は確かにすごいが、な。俺たちには強要できないぞ」
 しかも、だ。カナードは軍には直接関わっていないがそれと軍内部での人気は別物らしい。地球軍の姿を見かけるとにらみつけてくるものまでいる。
 だが、カナードが個人的に修理要員に紹介をした自分や整備クルー、そしてラミアスに関してはそんな者達もそれなりの態度で接してくれているのだ。
 と言うことは、疎まれているのはバジルール達一派だと考えていいのかもしれないな……と心の中で呟く。もっとも、カナード達がこの艦に乗り込むことになった全ての原因が彼女たちにあると言っていいのだから当然か。
 それでも、実力行使に出られないだけましなのではないか。そうも思う。
「ですが、彼等は既に我々の機密に触れています!」
 そうである以上、カナードは最後まで自分たちに協力をするのが当然だ、と彼女は言いたいらしい。
 本当に彼女は、周囲のあの視線に気が付いていないのか。
 それとも、気が付いていながら無視しているのか。
「……他の四機をザフトに奪われた時点で、機密でもなんでもないと思うんだけどな、俺は」
 まして、あれを開発製造したのはモルゲンレーテだ。彼等にデーターがないとは思えないが……とも付け加える。
「そうですが……」
 それでも、とバジルールはさらに言葉を重ねようとした。
「……お前さんは、これ以上無理強いをして、地球軍とオーブの仲を裂きたいのか?」
 カナードの影響力を考えれば、十分あり得る未来だぞ……とムウはさらに言葉を重ねる。
「そうね……ここまで、付き合ってもらえただけでも十分だわ」
 今まで黙って聞いていたラミアスが静かに言葉を口にし始めた。
「それに、彼等を保護した時点でオーブは私たちを追い出してもよかったのよ。そうなっていたら、間違いなく撃墜されていたでしょうね」
 それなのに、修理までをしてくれる。
 彼等にしてみれば、それが最大限の好意なのだろう。
 彼女の言葉も嘘ではない。
 いや。彼女たちは知らないだけなのだ、と言うべきなのだろうか。
 オーブとしては、キラに関わる人材を失いたくはないと考えている。その中に、自分も含まれていると言うだけなのだ。
 でも、と心の中で付け加える。
 そろそろキラの側に戻らなければいけないのではないか。こんなことも考えていた。
 問題はタイミングだろう。
 自分が離脱したことを連中に知られるのはまずい。そう考えれば戦闘中にMIAになるのが一番無難だろうか。
 幸か不幸か、今自分が使っているのはスカイグラスパーだ。
 あれがメビウスやミストラル以上に使えない機体だ、というのは実戦に出ているものであればみなが知っている。それを利用すればいいだけのことではないか。
 ラウが地球に下りてきているという話もある。
 うまくタイミングさえ合えば、一番安全で確実な方法だ。もっとも、一歩間違えればあの世へ直通便だがな……とそうも呟いた。
「取りあえず、カナードのことはあきらめろ。あのOSを消去すると言われないだけでもましだろうが」
 少なくとも、あれの解析はできるからな。それが何の慰めにもならないとは知っていながらも、こう口にするしかない。そんな自分に微かに自嘲の笑みを浮かべる。
 それでも、キラ以上に大切な存在はいない。だから、切り捨てるとすればどちらなのかは明かだろう。
 心の中でそう呟くムウだった。

 ハッチを開けた瞬間絡みついてくる空気の重さに、アスランは微かに眉を寄せた。
「……すごい、ですね」
 同じ感覚を味わっていたのか。ニコルがこう声をかけてくる。
「あぁ。お前らは地球に下りたのは初めてか」
 すぐ後を追いかけてきたミゲルが苦笑とともに声をかけてきた。
「湿気が多いんだよ。ここいらは海に近いからな」
 それでも、今は雨が降っていないからかなりましだな……と彼はさらに言葉を重ねる。
「そうなんですか?」
「あぁ。俺も始めてきたときには驚いたけどな。いつ雨が降るかとか、百パーセント予測するのが不可能なんだそうだ。ついでに、同じ地球上でも場所が変われば環境も変わってくる」
 プラントの人工的に作られた自然の中で暮らしてきた自分たちには信じられないことだが、と言う彼の言葉には同意だ。
 だが、とすぐに思い直す。
 父や母をはじめとした第一世代の中にはそれが当然だと思っていたものも多いのだろう。だからこそ、プラントでもできうる限り自然に近い環境を作ろうとしていたのではないか。
 何よりも、今現在、このどこかにキラ達がいる。
「どうしたんだ、アスラン」
 むずかしい表情をして、とラスティが問いかけてきた。
「環境が違うというのであれば、き……ラクス達がいるのはどのような場所なのか、と思っただけだ」
 それによってMSの設定も変えなければいけないだろうし……と無難なセリフを返す。
 本当のことを言えば、ラクスよりもキラの方が心配だ。
 ラクスは無条件で大切にされているだろうが、キラの方はそうだとは言えない。キラは、プラントにはまったく関係のない人間だから、とそうも思う。
 それでも、ラクスが一緒にいるのであれば大丈夫ではないかとは考えている。
 彼女は誰にでも優しいから、きっと、キラにもそれを向けているはずだ。
 だが、とすぐに心の中で付け加える。
 そうだとしても、きっとキラは不安を覚えているはずだ。だから、すぐに駆けつけてやらなければ、と思う。
 そんな彼の脳裏から、キラの《知り合い》であるイザークの存在は綺麗にかき消されている。
 今でも、アスランの中の《キラ》は月にいたころの姿のままだ。
 自分が守ってやらなければいけなかった存在。
 それは今も変わっていないはずだ。
 まして、今、キラははカナードとも引き離されている。
 だから、とアスランは心の中で呟いていた。