「……明後日の朝に、プラントに帰るわ」
 その日の夜、エザリアはこんなセリフを口にする。
「母上……」
 それが信じられないというように、イザークは彼女の顔を見上げた。
「キラちゃんと別れるのが辛い?」
 真っ直ぐにイザークを見つめながらエザリアはこう問いかけてくる。
「はい」
 母相手に意地を張っても意味はない。何よりも、今、自分が彼女の側を離れたくないのは事実なのだ。だから素直に頷いてみせる。
「それは良かったこと」
 イザークの言葉に、エザリアは優しく微笑んでみせた。しかし、どうしてそれが『いいこと』なのかがわからない。自分とキラは離れなければならないのに、とイザークは唇をかみしめる。
「そのようなことをすると、唇の形が悪くなりますよ」
 エザリアがこう言ってイザークの行為を非難してきた。
「母上」
「貴方が言いたいことはわかっています。だからこそ、私と貴方は一度本国へ戻らなければいけないのです」
 それも早急に、と彼女は声を潜めて付け加えた。
「母上……」
 何か起ころうとしているのか。
 それもキラ達にとって最悪の事態が。
 母の表情からイザークはそう推測をする。
「わかったようですね。それを回避するためには、すぐに動かなければいけないのです。ですから、明日の便で、一度本国へ戻りましょう」
 そして、準備を終えたならば、自分はこちらに戻ってくる。その時には、ヴィア達夫婦は無理でも、子供達だけは何とか本国へ同行してやりたい。そうも付け加える。
「……ムウさんも、ですか?」
 彼はヴィア達と同じ《ナチュラル》だ。プラントに足を踏み入れることはできない存在である。
「彼も、です。もっとも……本国で暮らせるようになるかどうかは別問題でしょうが」
 それでも、安全な場所にたどり着けるまで保護することは可能だろう。ヴィアと夫のユーレンは直接地球のプラントに友好的な地域に移動することになっている。そこでの生活基盤が整ったら子供達を連れて行けばいいだけのことだ。
 エザリアはそうも付け加える。
「……俺は、一緒には行動できないのですね」
 自分は足手まといになるから……とイザークは視線を落とす。
「しかたがありません。貴方もまだ子供なのですから」
 しかし、それでもキラの支えにはなれる。
「キラちゃんに、再会までの間、自分を忘れられないような贈り物をしなさい。それができたら、二人が成人と認められたときに、公に婚約を発表しましょう」
 それまでは内々のことになるが、それでも正式なものだ……とエザリアは言葉を重ねる。
「母上」
「ヴィアとユーレンの許可は得ました。後は、本人達の気持ちだけです」
 イザークがいやなら、別の方法を考えますが? とどこか楽しげにエザリアは問いかけてきた。
 普通ならば、出逢って数日の相手と『婚約をしなさい』と言われても反発をするだけだろう。しかし、自分たちはいずれ上からそんな相手を押しつけられるのだ。それも顔も知らないような相手、という可能性もある。
 それよりは、ここ数日とはいえ、一緒にすごさせて貰っただけでもましなのだろう。
 第一、相手が《キラ》だ。
 自分に文句を言う理由はない。
「いやなどと、言うはずがありません」
 むしろ嬉しい、と思える。
 これが恋なのかどうかはわからない。でも、婚約をしていれば、他の誰かに彼女を取られることはない、と言うことだけはわかる。もちろん、キラに嫌われてしまう可能性は否定できないが。
 しかし、それは自分が努力をすれば回避できることだろう。
「そう。よかったわ」
 ならば、頑張ってね……とエザリアは微笑む。
 だが、イザークの方はそうは言っていられない。
 いったい、キラに何を渡せばいいだろうか。そう思って、自分の荷物を確認する。
 男である自分が持ってきたものの中で女の子であるキラが喜びそうなものは何があるだろうか。
 そんなことを考えているうちに、あるものを見つけてしまう。
「……母上……」
 しかし、これは自分が生まれたときに贈られたものだったはず。いくら相手がキラだと言っても、渡してもいいものだろうか。
 お守りという意味がある。そうも聞いていたからこそ、今回も持ってたわけだし。
「何ですか、イザーク」
 それを確認しようと、エザリアに向けてそれを差し出してみる。
「これならば、キラは喜ぶでしょうか」
 そして、渡してもいいものか。言外にそう付け加えた。
「あら。よいものを持ってきたのですね、イザーク」
 貴方がそれがいいと思ったのであれば、構わない。
 エザリアはそういって微笑んでくれた。
「なら、これをキラに。お守りになるそうですから……離れている間も、キラを守ってくれるでしょう」
 キラ達に危険が迫っているというのであれば。そういう彼にエザリアは静かに頷いてみせた。