「……ひょっとして、あの話がまた再燃しているのかな?」
 ディアッカに全てを押しつけて――と言っては語弊があるだろうか――ラクスやレイとともにキラの元に顔を出した。その場で、ついでとばかりにカガリの言う《バカ》に心当たりがないのかを問いかけたのだ。
「何か、思い当たることでもあるの?」
 不安そうにフレイもキラの顔を見つめている。
「うん……大西洋連合の旧家の人と婚約しろって……そういわれたことがあるから」
 カナードとカガリがが怒りまくって話を壊したはずだったんだけど、とキラは言葉を口にした。
「大西洋連合って……バカじゃないの、そいつ」
 即座にフレイがこういう。
「フレイ」
 君がそれを言うの? とキラが苦笑混じりに言い返している。
「あたしだから言うのよ。ナチュラルならともかく、コーディネイターのキラを婚約させようなんて……魂胆は見え見えじゃない」
 自分の手元に置いてこき使おうってだけじゃない、という彼女の推測は正しい、とイザークも思う。
「でしょうね」
 あるいは、存在そのものを隠して抹殺しようとしたのかもしれない……とレイが口を開く。
「そんなこと!」
「ないとは言い切れませんわ」
 否定しようとしたフレイの言葉をラクスが遮った。
「不本意ですが、結婚をしてしまえば女性の所有権は婚家に移ったと考えられる方も多いのですわ」
 そうなれば、生かすも殺すも自分たちの自由だ、と言いたいらしい。
 もちろん、今は廃れているはずの考えだ。しかし、そうとは言い切れないのではないか、と彼女はさらに言葉を重ねる。
「まして、大西洋連合の旧家の方ですもの。ブルーコスモスとつながっていたとしてもおかしくはありません」
 そんな家の人間が、キラを手に入れたらどうなるか。そう考えただけでも背筋に悪寒が走る。
「否定しないわ。アークエンジェルでもバジルール少尉がそうだったもの」
 キラの人格を無視して、自分たちに都合がいいように動かそうとする。それにあぐらを掻いて不埒なマネをしようとした者達もいた、と吐き捨てたフレイの言葉に、今度は怒りがわいてきた。
 自分がその場にいたらどうしていただろうか。
「大丈夫だよ、イザーク。悪い人ばかりじゃなかったし……兄さん達がしっかりと教育的指導というのをしてくれたらしいから」
 でも、どうして体罰を『教育的指導』というのか、とキラは小首をかしげながら呟く。
「まだ空を飛ぶころもできなかったような時代に、陸軍には食べられなくて入隊をするような人が多かったから、体で上下関係その他を教え込まなければいけなかったのだ、と聞いていますけど」
 どこまで本当なのかはわからないが……とレイが説明の言葉を口にした。
「軍隊などと言うものは、前例遵守らしいからな」
 ある意味、イザークもそれに同意をする。
「信じられない! 何百年前よ、それって」
「おそらく、常識がその時代から変わっておられないのですわ」
 だから、何度でも同じ失敗を繰り返すのではないか。
 女性陣の方が男よりも辛辣だな……とイザークは心の中で呟く。
「ともかく……そういうことですから、姉さんは今しばらくここに。近いうちに結論が出ると思います」
 いざとなったら、一緒にギルの所に行きましょう! とレイは言葉を重ねた。
「……ギルさん?」
「はい。絶対喜びますから」
 だから、遠慮をしなくていい……とレイは少しはにかんだような笑みとともに告げる。
「その時は、俺がずっと側にいて姉さんを守ります」
 カナードも追いかけてくるに決まっている、という言葉は間違いなく現実になるであろうことだ。
「そうだな。いざというときはそうした方がいい」
 何なら、うちでも構わないぞ……とイザークはキラに笑いかける。
「母上が喜ぶ」
 もっとも、キラは多少苦労しそうだが……と取りあえず付け加えることは忘れない。
「そうでなくても……俺とお前の婚約のことだけは公表しておきたい」
 バカがそれでかなり減るはずだ、と言葉を重ねれば、キラが不安そうな表情を作る。
「……バカって、何よ!」
 少なくとも、この基地にはいないでしょう? とフレイも口にした。
「ここには、な」
 問題なのはこれから顔を出すであろう相手だ、とイザークは告げる。
「アスランがわたくしを迎えに来るのですわ、キラ様」
 キラが女性であることを、アスランは知らないのだろう? とさりげなくラクスが付け加えてくれた。
「……うん……」
 キラが目を伏せながら頷く。
「そのような表情をしないでくださいませ。わたくしもみなさまも、それはしかたがないことだ、とわかっておりますわ」
 あのころの月の事情では、とラクスは慈愛に満ちた笑みをともに口にする。
「わたくしとしては、幼いころでしたらともかく、ある程度成長してからもキラ様の性別を疑わなかったアスランの方に問題があると思いますもの」
 こう言って微笑む彼女は最強かもしれない。
「ラクスさんがそういってくれるのは嬉しいけど……」
 アスランの反応はやはり恐い、とキラは呟く。
「……いざとなったら会わなければいいだけのことだ」
 理由を付けてこの場を離れるというのも一つの手だろう。
 もちろん、バナディーヤを出ると言うことではない。建物を移すだけでもアスランの目をごまかすのには十分ではないか。
「……その前に、カガリさんが何かしそうですけどね」
 ぼそっとレイが呟く。
「……否定できない……」
 自分はともかく、カガリのうちに迷惑がかからなければいいんだけど。キラはため息とともに言葉をはき出す。
「あの子って何者?」
 フレイの疑問に、二人は困ったような表情を浮かべる。
「ひょっとして、聞いてはいけないことだった?」
 キラにそのような表情をさせるのが耐えられなかったのか。フレイが即座にこう問いかけた。
「そういうわけじゃないんだけどね」
「きっと、大騒ぎになるから」
 ばらすと、とキラは苦笑を浮かべる。
「それに……それは僕の秘密じゃないから」
 本人が知らないところでばらすのはまずいと思うんだよね、とどこかで聞いたようなセリフを口にする彼女に、ひょっとして、それはカナードの教育なのかと思うイザークだった。