「……ちょっと構わないかな?」
 ノックの音とともにこんな呼びかけが室内に響く。それが誰の声かは、もう確認をしなくてもわかるようになってしまった。
「はい」
 キラが顔を上げれば、
「今、開けます」
 フレイが即座に腰を上げる。そのまま、彼女はドアへと向かっていった。
「失礼」
 フレイが開けたドアのすきまからバルトフェルドが体を滑り込ませてくる。その腕に黒い箱が抱えられていた。
「取りあえず、ご希望のものだが……基本のソフト以外入っていないぞ」
 プログラムを組む環境だけは整えてあるが、と彼は口にしながらキラの膝にそうっとそれを置いた。
「十分です。必要があれば自分で作りますから」
 そんな彼に向かって、キラは微笑み返す。
「プログラムを組むことに関しては、キラの右に出る人をあたしは知らないわ」
 キラの側に戻ってきたフレイが口を挟んでくる。
「フレイ、言い過ぎ」
 彼女の言葉に苦笑を浮かべながらキラは言い返す。
「だって、カナードさんだってそういっていたわ。プログラムに関しては、キラには勝てないって」
 あんなにすごい人なのに、とフレイは主張をする。もちろん、それに関してはキラも否定しない。
「うん。カナード兄さんはすごいよ。後二人、上に兄さんがいるけど……その兄さん達も認めているから」
 三年前にバラバラになっちゃったんだよね、と付け加えることで、キラは取りあえずフレイからそれ以上の質問を封じた。卑怯な手段とはわかっていても、彼等が今どこにいるのか知られるわけにはいかないのだ。
「なるほど」
 彼は何かを知っているのだろうか。意味ありげな口調で頷いてみせる。
 何かを知っているとしたら、出所はカガリかな……とそんな風にも思うのは、彼女の性格を知っているからだ。
 カガリの長所は短所でもある。立場とそれをこれからどう折り合いを付けていくのかは彼女自身が考えなければいけないことだろう。それに、今はそれに関する優先順位は低い。
「……あくまでも仮定の話、として質問させてもらうが」
 ザフトの指揮官として、とバルトフェルドは厳しい口調で問いかけてくる。
「君自身の心情はこの際無視して、もし、君が依頼された場合、ナチュラルが使えるMSのOSの開発は可能かね?」
 ただ動かすだけではない。ザフトのものたちと互角とは言わないまでもそれなりに戦えるものは、と彼は真っ直ぐにキラを見つめてきた。
「バルトフェルド隊長……」
 その言葉に驚いたようにフレイが声をかけている。
 だが、とキラは思う。
 一隊を率いている指揮官であれば確認することが当然であるはずだ。アークエンジェルで同じような質問をされなかったのは、実戦部隊の指揮官――と言っていいのかどうかは悩む――がムウで、パイロットとしてカナードがいたこと。そして、その余裕が彼等にはなかったからだ。
 だが、ここでは違う。
「……不可能ではありません……」
 だから、自分の中にある傷口から目をそらしながらキラは言葉を口にし始める。
「ただ、無条件では不可能です。いくつかの条件をクリアできれば、ですが」
 指先が次第に冷えていく。
 守られることではなく、自分が積極的に戦いに関わらなければいけない。その可能性を考えただけでこうなのか、と自分にあきれたくなる。
「その条件とは?」
 キラの様子に気が付いているのかいないのか。バルトフェルドがさらに問いかけの言葉を口にした。
「そこまでにしてください!」
 しかし、フレイは違う。
 キラの様子に気が付いたらしい彼女はバルトフェルドに向かってこう叫ぶ。
「……そうしたいのは山々なんだが……今後のことを考えれば、今のうちにきっちりと確認しておきたい」
 今であれば、ここにはイザークもラクスもフレイもいる。だから、と彼は申し訳なさそうな口調で説明の言葉を口にした。
「……しかたがないよ、フレイ……」
 大丈夫だから、とキラは何とか微笑みを作る。
「わかっているけど……何か、いやなの!」
 理屈にならない理屈をフレイは口にしてくれた。そういうところが本当に彼女らしいといえる。
「でも……当然のことだから……」
 キラは自分に言い聞かせるようにこう口にした。
「すまないね」
 今日だけですませるから……とバルトフェルドが付け加える。
「それで、その条件とは何なのか、教えてもらえるかな?」
「……基本動作等をあらかじめ組み込んでおいた補助システムを構築することです。もっとも、それに使うためのデーターを別に用意する必要がありますが……」
 たとえば、ストライクの戦闘データーのような……と付け加えたことで、キラはある可能性に気が付いてしまう。
 現在のストライクにどれだけの戦闘データーが蓄積されているのかはわからない。だが、あれのデーターがあれば十分にナチュラルでもジンと戦闘が可能だろう。
 だが、問題はシステムを構築できる人間がいるかどうか、だ。
「と言うことは……やはり君を地球軍にはもちろん、オーブに帰すことも危険だと言うことか」
 さて、どうするか、と彼は考え込むような表情を作る。
「どうして?」
 信じられないというようにフレイが問いかけた。
「オーブはよいところだがね。どこに地球軍のスパイがいるかわからない」
 それ以前に、あちらと癒着をしているものも多いだろうからね……と言う言葉はフレイも否定できないようだった。
「本国のジュール議員と本気で相談をしないといけないだろうね。僕たちとしてはいつまでいて貰っても構わないのだが……ここも戦場だからね」
 その言葉はどれだけ忘れようとしても消えない事実だ。
 それを消すにはそれこそ、戦争を終わらせるしかないのだろう。だが、その方法を見いだせない。
「今日はすまなかったね。お詫びに、今晩はみんなで星でも見に行こう」
 バルトフェルドの優しい言葉に頷きながらも、キラは自分はどうするべきなのかを考えていた。