また同じ事があっては困るから。
 そういわれて、キラはホテルの中にいるように言われていた。
 この指示に関しては文句はない。だが、と小さなため息とともに顔を上げる。
「……しかたがないとはいえ、暇だよね、トリィ」
 窓枠に止まっているペットロボットに向けてキラはこう声をかけた。フレイとラクスはあの日できなかった買い物に行っているし、イザーク達も任務に就いている。
 しなければいけないことがないのはキラだけかもしれない。
「このままで……いいのかな」
 思わずこんな呟きを漏らしてしまう。
「僕も、何かをしなきゃいけないんじゃないのかな」
 そうは思っても、ここで自分にできる事なんてほとんど無い。それもわかっている。
 だからといって守られてばかりいるのもいやなのだ。
「……イザークかバルトフェルドさんにパソコンを貸してもらえないか、聞いてみようかな」
 役に立てるとは思えない。それでも、プログラムを構築していれば時間を潰すことは可能だ。何よりも、余計なことを考えずにすむ。
「そう考えちゃいけないんだろうけど、ね」
 フレイ達がいてくれればまだいい。
 だが、彼女たちだっていつまでも自分に付き合っているわけにはいかないはずだ。
 いや。いい加減、解放してやらなければいけない。
 ラクスはプラントでやらなければいけないことがあるはずだし、フレイにしてもオーブの方が安心して暮らせるに決まっている。カガリがここにいる今であれば、彼女を安全に帰すことも可能ではないか、と思うのだ。
 もっとも、とキラは小さなため息とともにそうっと指を差し出す。
 心得ているトリィは、ふわりと飛び上がると指先に舞い降りてきた。
「そろそろ、一度メンテした方がいいのかな」
 砂も多いし、ここに来るまでにいろいろあったから……とそんなトリィの顔を見つめながらキラは呟く。
「でも、一人でできるかな……」
 今まではずっと、カナードが手伝ってくれていた。
 確かに、あのころよりはマイクロユニットに対する苦手意識はなくなったが、それでもこの子を整備するのは別の意味で恐い。
 もし、この子まで動かなくなったらどうしよう。
 そんなことも考えてしまうのだ。
 だからといって、他に手伝ってくれそうな人もいないし……と小さなため息を吐く。
「……アスランにも、会えないしね……」
 自分はずっと彼を騙してきたのだから、とキラは付け加える。
 いや、彼だけではない。実のところ、フレイも騙していると言うことになるのだろうか。彼女が知っている自分の《母》はイザークが知っている人物とは別なのだ。
 他にも彼女にも伝えていないことがたくさんある。
「……先に、話しちゃった方がいいのかな」
 ばれる前に、とキラは小首をかしげた。
「どう思う?」
 トリィ、とそう問いかける。それに対する答えは聞き慣れた鳴き声だ。
「そうだよね。聞かれても困るよね」
 かといって、カガリもなぁ……とキラはため息を吐く。
「レイを捕まえるしかないのかな」
 色々と動き回っているからむずかしいかもしれないけれど、とキラは呟いた。

 流石に、いつまでもラクスを地球――それが名将と言われているバルトフェルドの元でも、だ――に置いておくわけにはいかない。
 その判断は当然なものだろう。現在のプラントに置いて、彼女の存在は決して欠くことはできない。
「……だからといって、どうして俺が……」
 せっかくキラの側に行けると思ったのに、とんぼ返りをしなければいけないのか。それとも、キラの顔を見られるだけまし、と考えるべきなのか、とアスランは悩む。
 もちろん、そういわれてしまった理由もわかっている。
 自分がラクスの婚約者だから、だ。
 だが、それはあくまでも遺伝子の相性という点から決められたことであって、自分自身が望んだわけではない。そういってしまえば、周囲から何か言われることはわかっていても、そう思わずにはいられないのだ。
 自分自身の希望を優先させてはいけないのか、と。
 軍人である以上、それがワガママだと言うこともわかっていた。それでも、同じような立場――認めたくはないが――のイザークはキラの側にいられる。いったい、自分たちにどのような違いがあるというのだろうか。
「……キラのことで、俺が知らないことがあるなんて……」
 ものすごく気に入らない。
 それはきっと、自分たちがあの日まですぐ近くにいたからだろう。
「まぁ、いい」
 失われてしまった絆なら、また結び直せばいい。キラだって、きっと自分が側に行けばイザークよりも優先してくれるだろう。
 そうなったら、ラクスと一緒にキラを本国に連れ帰ればいいだけのことだ。
 きっと、キラも『いやだ』とは言わないはず。キラが側を離れている以上、カナードもストライクから下りていてるに決まっている。
 そうでなかったとしても、本国へ連れて行けば情報を遮断することが可能なはずだ。
「……ラクスにも協力していただかなければいけないだろうがな」
 彼女の説得もあれば、キラだって耳を貸すに決まっている。そして、イザークも文句は言えないだろう。
「大丈夫だよ、キラ。必ず、俺が守ってやるから」
 呟きとともに、足元に置いてあった鞄を持ち上げる。そして、そのまま床を蹴ると停泊をしているヴェサリウスへと移動を開始した。