背後からはザフトの艦が追いかけてきている。それでも、それ以上近づいてこないのは、ここがオーブの領海と公海の境目だからだろう。
 下手に攻撃をすれば、オーブの領海内に攻撃が及ぶ。そうなれば、自国に対する宣戦布告とオーブが受け止めかねない。
 農業プラントであったユニウスセブンを失ったプラントとしては、オーブからの農作物の輸入が止められるのは辛いはずだ。
 もっとも、それは大西洋連合をはじめとする地球連合側にも言える。
 農作物ではないが、オーブの技術力は戦争のために不可欠なのだ。
 それがわかっているからこそ、アークエンジェルも迂闊に移動ができない。しかし、このままではいつか撃墜されるのではないか、と思う。
「こう言うときに、ストライクは出撃できないしな」
 整備クルーのちょっとしたミスで、現在、OSにバグが出ているのだとか。だからといって、宇宙ではない以上、メビウスゼロも出撃できない。愛機がない以上、自分もただのでくの坊なのだ。
「さて、どうするか……」
「何をのんきな!」
 即座にバジルールからの知ったが飛んでくる。
「そうは言うけどな。現実問題としてどうしようもないだろう?」
 違うのか? と逆に聞き返せば彼女も言葉には詰まってしまう。
 その時だ。不意にカナードがブリッジに姿を現した。
「カナード?」
「……このままでは撃沈される。キラの友人達がいる以上、それは避けたいからな」
 不本意だが、最後の手段を使う……と彼は言い返してくる。
「最後の手段?」
「構わないから、オーブの領海に入れ。後は俺がどうとでもする」
 この言葉に、誰もが信じられないという表情を作った。
「そこの少尉には最初にあったときに説明している。俺たちの後見人が誰かを、な」
 だが、カナードは意味ありげに笑う。
「取りあえず、今だけは避難させてやるさ。その後のことは、知らん。自分たちで交渉をしろ。うまくいけば、修理ぐらいはしてもらえるだろうな」
 もっとも、そこの女が馬鹿なことを言い出さなければ……の話だが、と付け加える。
「このまま逃げ回っているというのであればそれも好きにすればいい。もっとも、その時は俺は子供達を連れて逃げさせてもらうがな」
 止めようとしても無駄だぞ、という言葉に嘘はないだろう。実際、ここにいる者達が総出でかかっても彼を止められないことはわかっている。
「選択肢を与えて貰っただけでもましなんだろうな」
 ムウの呟きに、誰も言葉を返すことはできなかった。

「大丈夫だな、キラ」
 言葉とともにイザークはそっとキラに向かって手を伸ばしてくる。
「うん。ごめんね、心配かけて」
 その手を、キラは自分のそれで包み込んだ。
「気にするな。しかたがないことだ」
 自分でコントロールできることではないのだろう? という彼にキラは小さく頷いてみせる。そうできていれば、みなに迷惑をかけなくてもすむはずなのだ。
 だが、イザークの言うとおり自分ではどうすることもできないというのも事実。
 あの事件の後でかかったカウンセラーもカナードも、彼と同じようなセリフを口にしてくれた。だから、キラが悪いのではないという言葉とともに、だ。
 ゆっくりと時間をかけていやしていけばいい。
 この言葉とともに、キラが少しでも戦闘に巻き込まれる可能性がない場所へと引っ越しを決めてくれた。
 それが、どうしてこんなことになったのか……とは思う。しかし、あの事件がなければイザークとの再会はもっと後だっただろうと言うこともわかっている。
「今回のことはお前は何も悪くない。悪いのは、民間人を巻き込んでも構わないと思っているバカどもが全ての元凶だ」
 あのバカどもがいなくなれば、現在この世界を苦しめているテロが根絶しそうだよな……と口を挟んできたのはカガリだ。
 どうやら、実力行使には出なかったらしい……とその姿を確認して思う。それとも、隣にいるレイが止めたのだろうか。
「不本意だが、お前を早急にオーブに連れ戻すのはやめた」
 その男がキラの側にいる間だが、とカガリは微笑みかけてくる。
「カガリ?」
 自分が眠っている間に何があったのだろうか。そう思いながらキラは彼女を見つめた。
「キサカから連絡があった。オーブ本土でもごたごたが起きているらしい」
 それが解決するまではキラをオーブに近づけるな……とあちらから言われたらしい、とカガリは言葉を返してくる。伝聞調なのは、彼女自身がオーブに確認を取ったからではないからだろう。
 もっとも、それは当然だ。
 いくらバルトフェルドをはじめとした人々が自分たちに好意的だとしても、彼女自身の立場がそれに甘えることを許さない。
「一生、オーブに戻らなくてもいいぞ」
 このまま、自分の所に嫁に来い、とイザークが囁いてくる。
「その方が、エザリア様も喜ぶだろうな」
 苦笑とともにディアッカが口を開く。
「……母上のことは、取りあえず関係ないだろうが」
 確かに、キラがプラントに行けば手放しで喜ぶだろう。それどころか、喜びすぎて暴走しかねない……とイザークは苦虫をかみつぶしたような表情で口にした。
「……とても理知的な方のように見えるのですが」
 少なくとも、遠くから拝見させていただいた限りでは……とレイが告げる。
「普段はそうだ。母上の知識と造詣の深さには尊敬の念しか抱けない」
 しかし、キラのこととなると話は別だがな……とイザークは視線を彷徨わせた。
「……キラのための服を、山ほど用意しているって?」
 フレイが以前聞いた会話の内容を思い出して問いかけてくる。
「そうだ」
 否定する理由がないからだろうか。イザークがきっぱりとこういった。
「だから、キラは何も必要ない……と言いたいところだが、そういうわけにもいかないか。もっとも、そういうものが見つかっても、母上が喜んで用意してくれるだろうな」
 自分が側にいるときは当然自分が用意するが……と自然に口にする彼に、キラの頬はだんだん熱くなっていく。
「のろけはそこまでにしておいてくださいな。それよりも、キラが食べられるようであれば食事にいたしましょう」
 少しでもお腹にものを入れなければ後で困ります、とラクスが話題を締めくくってくれる。その事実にキラはほっとして小さく頷いてみせた。