ヴェサリウスはプラント本国へと戻っていた。
「……さて、どうしたものかな」
 小さなため息とともにラウがこう呟く。
 今すぐ地球に戻り、キラの側に駆けつけたいという気持ちも嘘ではない。だが、それでは彼女を守るためにしてきた努力が無駄になってしまうだろう。
「あちらも苦労しているようだしな」
 いや。彼等の方がより苦労しているのではないだろうか。
「……まぁ、何とかするだろう」
 二人いるのだし、多少お荷物はいても逃げ回るだけならば大丈夫であるはずだ。いざとなれば、本当に大切なものだけ連れて逃げ出せばいいだけだろうしな、とも思う。
「あちらも、当面は大丈夫だろう」
 イザークが側にいるし、レイも合流したようだ。
 もっとも、問題がないわけではない。
 カガリも一緒に合流したらしいのだ。
 悪い子ではないのだが、彼女の場合、自分の感情を優先しすぎるという話を聞いている。そのせいでキラを傷つけるようなことがなければいいのだが。
 何よりも、とクルーゼは心の中で呟く。
 彼女が合流したことで他の者達にキラの居場所がばれるのではないか。その中には、彼女を疎ましく思っているものも道具として利用しているものもいるはず。
 そのような者達から彼女を守りきれるだろうか。
「……やはり、あの子をこちらに呼び寄せる時期なのかもしれないね」
 こちらであれば、キラのトラウマに関しても適切な治療をすることができるだろう。もっとも、そのためにはカナードにも早く合流してもらわなければいけないだろうが。
 今はイザークとディアッカがいるから大丈夫だろうとは考えている。
 しかし、彼等もザフトの軍人だ。
 いつ、戦場に戻れと命じられるかわからない。
 その場合、レイだけでは、やはり不安なのだ。
「あの子の実力もそれなりだとは思うが……やはり経験が足りないからね」
 杓子定規な部分も多い。何よりも、彼の体格ではキラを抱えて逃げるということは不可能だろう。
「今回も、パニックを起こしかけたと言うしね」
 また心の傷が深くなっていなければいいが。そう思いながら立ち上がる。
「さて……そろそろ、アスランが来る時間だね」
 デスクの上に放り出していた仮面を取り上げると手早く装着した。
「……ラクス嬢と一緒というのは安心できる要素ではあるが……彼に口実を与えることにもなるのか」
 むずかしいところだ。こう呟きながら視線をドアへと向ける。
 時計の時刻が約束の時間を表示すると同時に、入室を求めるシグナルが彼の耳に届いた。

 キラのまつげが震える。そう思った次の瞬間、彼女のまぶたがゆっくりと持ち上げられた。
「キラ?」
 それに気付いて、フレイはそっと声をかける。
 ゆっくりと彼女の視線がフレイの方へと向けられた。そして、彼女の顔を認めた瞬間、その口元にふわりと笑みが浮かんだ。
「……フレイ……」
 そして、か細い声で呼びかけてくる。
「大丈夫よ、キラ。眠いのなら、もう少し眠っていていいわ」
 何も心配するようなことはないもの……とさらに言葉を重ねた。
「……みんなは?」
 しかし、キラはさらにこう口にした。それを確認しなければ安心できないのだろう。
 キラが眠りに就く前の状況を考えればそれもしかたがないのかもしれない。フレイはそう判断をする。
「ちょっと待ってね。声をかけてみるわ」
 キラが目覚めたと知れば無条件で駆けつけてくるのではないか。それはいいのだが、ここで騒いでキラの精神を逆撫でしなければいいのだが。ラクスが一緒に来てくれれば安心できるが、とも思う。
 彼女のことだから、きっと来てくれるに決まっている。
「だから、大人しく寝ているのよ?」
 決してベッドからでないでね……とフレイはキラに念を押すように告げた。
「……うん……」
 自分でも体調の悪さは自覚しているのだろう。キラは素直に首を縦に振ってくれた。その事実に少しだけ安心をする。それでも完全に安心できないのも相手が《キラ》だからだろう。
 取りあえず、大至急誰かを捕まえて伝言を頼むしかない。そう思って、フレイは部屋を開ける。
「すぐ戻るから。その時ベッドから出ていたら、お小言よ」
 だめ押しとばかりにこう言うと、ドアのすきまからするりと滑り出た。そして、急いでドアを閉める。そうでなければ、キラに余計なストレスを与えてしまうような気がしてならないのだ。
「……また、戦闘になるのかしら」
 昼間のことでバルトフェルドが本気でこの地からブルーコスモスとその関係者を一掃することに決めたらしい。
 それについては自分たちが口を出せる問題ではないこともわかっている。
 だから、少しでも早く終わって欲しい。できれば、キラが気が付かないうちに。
「でなければ、あの子から笑顔が消えるかもしれないもの」
 キラの笑顔が大好きなのに、とフレイは付け加える。
 だから、と言うわけではないが、自分もブルーコスモスは嫌いだ。
 キラを悲しませるから……と言う理由なのはいけないのかもしれない。それでも、彼等の言動に賛成できないというの本当だ。
 キラに会うまではそんなことを考えたこともなかったのに。
 彼女に会えたから、自分は少しだけでも色々なことを自分から見ようと思えるようになったのだ。
「でなかったら、あたしはいつまでも嫌な子だったに決まっているわ」
 そんな自分でもキラが『好きだ』と言ってくれたから変わってこられた。そして、これからもっともっと素敵な女性になれると思う。
 そのためにはキラの存在が必要なのに。
 側にいられなくてもいい。いつかまた会えたときにあの微笑みを向けてもらえれば、それでいいのだ。
 こんなことを考えながら歩いていけば、見覚えがある浅黒い肌が目に飛び込んできた。
「ちょうど良かったわ」
 いつもの口調を作って、フレイは彼に呼びかける。
「ラクスさんと銀髪は? キラが気が付いたの」
 その言葉に、ディアッカがすぐに視線を向けてきた。
「さっさと呼んできなさいよ」
「了解。喜ぶな、あいつら」
 にやりと笑う彼にフレイは頷く。
「じゃ、あたしは部屋に戻るから。後は頼んだわ」
 この言葉を後に、彼女はきびすを返した。