ザフトは地球上の海も支配しつつあるのだろうか。
 海中用に特化したMSの追撃を受けてアークエンジェルはさらに損傷を受けてしまった。
「大丈夫かしら……」
「……大丈夫だよ、ここはオーブの側だから……」
 不安そうなミリアリアに向かってトールがこう言っているのが耳に届く。
「そうだな」
 悪いと思いながらもそんな二人の会話にカナードは割ってはいる。
「ここからであれば、オーブ海軍とも連絡が取れる。いざとなったら、俺がお前達を連れてボートで逃げ出すだけだ」
 もっとも、それ以前にこの艦に致命傷を与えるような損傷を受けさせないが……と彼は笑ってみせた。
「お前達はキラの大切な友人だからな。ちゃんと安全な場所に連れて行ってやる」
 それだけは約束してやる、といつもの口調で付け加える。
「カナードさん」
「不安になるな、とは言えない。だからといって、無駄に不安を煽り立てるな」
 そうすることでいざというときに冷静な行動が取れなくなるかもしれないからな、と彼はさらに言葉を重ねた。
「もっとも、お前達が俺を信用できないというのであれば、話は別だが」
 こう問いかければ、二人は即座に首を横に振ってみせる。
「ならば、もうあれこれ考えるな」
 オーブ軍が出てきたら出てきたで話は早いからな、とカナードは意味ありげに笑ってみせた。その瞬間、彼等は何かを思い出したようだ。
「ホムラ様について、軍にも顔を出していたからな、俺は」
 うまく顔見知りが出てきてくれれば一番楽だが、そうでなくても名前ぐらいは知られているはずだ……とさらに言葉を重ねる。
「必ず、またキラとフレイに会わせてやる」
 こう締めくくれば、二人は小さく頷いてみせた。
 後は、彼等から残りの二人に伝わってくれるだろう。彼等さえ冷静でいてくれればこちらとしては動きやすいというのも事実だ。そう思いながらその場を離れる。
「問題なのは、やっぱりあの女か」
 彼女さえいなければもっと早く彼等を安全な場所に保護できていたはずだ。何よりも、キラを手元から離すことはなかったと言っていい。
「……あいつらが向かったという話だが……台風娘が暴走していなければいいんだが」
 レイがついて行っているとはいえ、彼の負担は大きいだろうな。顔見知りの人物の苦労に気付いて、カナードこんな呟きを漏らしていた。

 バルトフェルド隊が本部にしているホテルにたどり着いた瞬間、キラは熱を出してしまった。
「……大きなショックを受けた痛手も癒せていなかったのに、さらに新しいショックを与えられたから、だろうな」
 額に張り付いている前髪を指先でそっとはらってやりながらイザークはこう呟く。
「……私が悪い、と言いたいのか?」
 即座にカガリが悪態を付いてくる。それでもキラを気遣っているのか、声は抑えられていた。
「否定できまい」
 状況も考えずに一方的にがなり立てたのはお前だ、とイザークは相手をにらみ返す。カガリが女でなければ無条件で殴っていたのではないか。そんなことすら考えている自分に気付いていた。
「あの場でなくても、話し合いはできたはずだ」
 そうすれば、キラを刺激することなくゆっくりと休ませてやることができただろう。
「……言わせておけば……」
「何だ? 口で勝てなければ実力行使か? どこかのバカと変わらないな」
 こんな短絡的な連中が多いからこそ、いつまで経っても戦争は終わらないのではないか。
「今の場合、そちらの方の方が正しいですね」
 悔しいですが、とレイが口にした。どうやら、年齢は舌でも彼の方が状況を冷静に判断できるらしい。
「レイ!」
「少なくとも、キラ姉さんが倒れたことだけは事実です」
 その非は、間違いなく自分たちにある。淡々とした口調で告げられて、カガリも実力行使に出られなくなったらしい。
「問題は、これからどうするか……ではありませんか?」
 キラの身柄をどちらが引き取るかも含めて……と続けられた言葉に、カガリの表情が変化をする。
「そうだな。そちらの方が重要だ」
 話が意を得たり、と言うように笑ってみせた。
「そういう話はこの場ではないところでやって」
 そのまま舌戦に突入すると思ったのだろうか。フレイがこう言ってくる。
「でも忘れないでね。私は、キラから離れないから」
 どこの誰であろうと、キラを傷つける相手は許さない。そうも彼女は口にした。
「わかっておりますわ、フレイさま」
 それにラクスも頷いてみせる。
「キラ様にとって一番安心できる環境を作ることが最優先ですわ」
 そのための話し合いであればいくらでも応じよう。しかし、身内だからと行って彼女に無理を強いるようなことを言うのであれば認められない。ラクスはそうも口にした。
「……ラクス嬢……」
 彼女がこんな風に強い態度に出るのを見るのは初めてかもしれない。それともこれが彼女の本性なのだろうか。
 だとするならば、自分を含めた全ての者達は彼女を見くびっていたのかもしれない。認識を改めなければいけないかもしれない。そんな風にも思う。
 どちらにしても、キラが目覚めないうちに全てを終わらせたい。そう思うのも事実だった。