元々が甘えん坊なのだというキラは、イザークやエザリアの存在になれると惜しみない笑顔を向けてくれるようになった。
「いいこね、キラ。イザーク君とレイと一緒に、お部屋にいてね?」
 そのころから母とヴィアは何かを話し合うために自分たちを残してラボの方へと足を向けるようになった。
 どうやら、大人達は大人達で話し合わなければならないことがあるらしい。それには、ヴィアの夫であるユーレンも加わる必要があるのだろう。だから、ここではなくラボで話し合いが行われているのだ。
 しかも、時々はムウとラウもそちらに加わっているらしい。
 彼等の場合、子供達の中で年長だからしかたがないのだろうか。
「……イザーク、どうしたの?」
 考え込んでいたせいか。キラが不安そうにこう問いかけてくる。
 すぐ側にいる少女にそんな表情をさせるなんて、とイザークは心の中で自分の迂闊さを責めた。
「すまない。ちょっと考え事をしていただけだ」
 柔らかな笑みを浮かべると、イザークはこう告げる。
「考え事?」
 何、とキラは安心したのか無邪気な表情になった。
「……お前に何をプレゼントしたら喜ばれるか、だ」
 女性にプレゼントをするなど、エザリア以外に考えたことはない。そして、彼女は《母》だから、プレゼントそのものだけではなく、イザークがどう悩んでどうやってそれを選択したかも含めて喜んでくれる。
 しかし、キラが相手ではそういうわけにはいかないだろう。
 だから、ついつい考えていたのだ……とイザークは付け加える。
 半分は口実だが、半分は嘘ではない。
「僕は……その人が一生懸命考えてくれたものなら、何でも嬉しいよ」
 だが、キラの口から出た言葉にイザークは目を丸くする。それは、自分が一番最初に母にプレゼント――それは、今見れば赤面ものの母の似顔絵だったが――をしたとき彼女が口にしたのと同じセリフだ。
「そうか」
 その事実が、何故か嬉しい。
 しかし、それは母と同じ考えをキラがしていることなのか、キラが母の言葉を口にしたからなのか、どちらかなのはまではわからない。
 それでも嬉しいからいいのか……とイザークは心の中で呟く。
「なら、せいぜい頑張って考えよう」
 柔らかな笑みとともにイザークはこう口にする。
「うん。楽しみにしている」
 そうすれば、キラは満面の笑みとともに言葉を返してくれた。
「何を楽しみにしているんだ?」
 そこに三人分のおやつとレイのための離乳食――でいいのだろうか――を持ってカナードが戻ってくる。
「イザークが、僕にプレゼントをくれるって」
 キラは嬉しそうにこんな報告をした。
「そうか」
 それは良かったな、と彼も目を細めている。他の二人はともかくカナードがこんな風に優しい笑みを向けるのは、あくまでもキラに対してだけだ。
 自分よりも年下の存在でも、レイにはそうではない。
 これはやはり、男と女という差なのか……とイザークは悩んでしまう。もっとも、だからどうだというわけではないが。
「なら、楽しみにしておけ。次に会うときまでの記念にはなるだろう」
 しかし、そんな当人がキラを泣かせてどうするというのか。
「キラ?」
 流石のカナードもこれには慌てたようだ。お盆をテーブルの上に置くと、急いで彼女の顔をのぞき込む。
「……お別れ?」
 せっかく、仲良くなれたのに……と彼女は瞳を潤ませる。
「大丈夫だ、キラ。必ず、また会いに来るから」
 父がプラントに残っているから、戻らなければいけない。それでも、とイザークは慌てて口にした。彼女の泣き顔だけは自分も見たくないのだ。
「そうだな。そいつのことだ。周囲を脅かしてでもやってくると思うぞ」
 だから安心しろ、とカナードも口にする。それは、キラを泣かせてしまいそうになったことに対するフォローなのか。
「それでなくても、母上とヴィア様のように、メールや通話だけならいつでもできるし」
 だから、心配いらない……とイザークは笑う。
「……メール……」
 キラが何かを考え込むような表情を作る。
「しても、いいの?」
 だが、自分だけでは答えが出なかったのだろう。こう問いかけてきた。
「当たり前だ。そのくらい、何と言うことはない」
 友人であれば普通のことだ、とイザークは笑ってみせる。だから、遠慮なく送ってこい、とも。
「楽しみにしている」
 さらにこう付け加えれば、キラは小さく頷いてみせた。
「と言うことで、おやつだ。レイにもちゃんとあるからな」
 言葉とともに、カナードはレイを自分の膝の上に座らせた。
「お兄ちゃん?」
「いいから。自分の分を食べろ。お前も、な」
 この言葉に、イザークは頷く。そして、そのままキラへと視線を向ける。
「食べよう」
 この声に、キラは小さく頷いてみせた。