考えてみれば、イザークにしても着替えを持ってきているはずはない。どうやら今身につけている私服も、誰からかの借り物のようだ。
「……ごめんね、イザーク」
 それでも、彼等にしてみれば不必要な行動だろう。そう判断をして、キラはこう告げる。
「気にするな」
 ふっと微笑むと、イザークはそっとキラの頬に触れてきた。
「今のところ、俺たちの任務はお前達の護衛だしな」
 しかし、と彼は微かに考え込むような表情を作る。
「これも公私混同になるのか?」
 そして、こんな呟きを漏らす。それはきっと、自分と彼の関係があるからだろう。
「違いますわ」
 ふわり、とラクスの声が二人の間に割り込んでくる。
「これはただの配慮ですわ」
 バルトフェルド隊長の、と付け加える彼女の方へとキラは視線を向けた。
「ラクスさん?」
 それはどういうことなのか、とキラは言外に問いかける。
「他の方々ではキラ様が怖がられるかもしれない。そうでなくても、ワガママをおっしゃりにくいでしょう?」
 でも、イザークならば大丈夫なのではないか……と言われても、すぐに納得はできない。
「……でも……」
「言えないなら、これから練習すればいいじゃない」
 さらにフレイまでもが参戦してくる。その言葉に、イザークが苦笑を浮かべた。
「練習するものなのか、それは」
 ある意味、もっともな疑問だろう。
「今はともかく、昔のキラはワガママ言い放題だったぞ。いっしょに遊ぼうはもちろん、お風呂にいっしょに入って一緒に寝るの! と俺の腕を掴んでだだをこねてくれたからな」
 三つ四つの子供だからよかったようなものの、今同じ事を言われたら理性がどこに行くかわからないよな……とわざとらしいため息を彼は吐いた。
「……イザーク……」
 なんで覚えているんだよ、とキラは思わず恨みがましく心の中で呟いてしまう。
「だって、あのころはそれが普通だったんだもん。お兄ちゃん達と一緒でも何の不都合もなかったし」
 イザークも同じだと思っていたから、と小さな声で付け加える。
「いや、それが普通だから」
 お子様時代は、とフォローを入れてくれたのはディアッカだ。
「まぁ、イザークとお姫様なら今でもいいんじゃないかとは思うけどな?」
 むしろ、エザリアが喜ぶに決まっている……と言う言葉に、キラは思わずイザークを見上げてしまった。
「母上ならそうだろうな。本人がいないのに、何故かお前用の服がクローゼット一つ分ある」
 今すぐ、身一つでプラントに来ても何の不自由もないはずだ……と彼は苦笑とともに口にする。もっとも、キラの趣味に合うかどうかはわからないが……とも付け加えた。
「……今のキラの顔を知らないのに?」
 待ち望んでいるというのは十分伝わってくるけど、それでも似合わなければ意味がないだろう、とフレイが疑問を口にする。
「キラは母君にそっくりだ。うちの母とキラの母君は親友だったからな」
 あの人のイメージで服をあつらえているんだろう、とイザークはそれに言葉を返した。
「……キラのお母さん、と言うことはナチュラルよね?」
 キラは第一世代だから、とフレイがさらに問いかけの言葉を口にする。
「そうだけど……どうかしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! コーディネイターに負けないくらい美人だったってことじゃない」
 会ってみたかった、とフレイはうっとりとした口調で呟く。そうしたら、その年代になったキラの姿を想像できるのに、とも。
「フレイ……」
 それはちょっと違うのではないか、と思う。しかし、それを彼女に言っても無駄だと言うこともよくわかっている。
「取りあえず、お買い物に行く?」
 そうすれば、この話題から逃げられるだろう。そう判断をしてキラはこういった。
「そうだったわ! キラに似合う服を見つけないと」
 だから、どうして自分なのか……とキラは言いたい。
「こう言うときだもん。キラとおそろいにするのもいいわよね」
 いつもはなかなかできないけれど、今日は一緒に買い物に行けるから構わないわよね、とフレイは嬉しげに告げる。
「それは素敵ですわね」
 さらにラクスまでがノリノリだ。
「そういうことですから、キラ様。早く参りましょう」
 キラの手を取ってラクスが歩き出す。反対側はフレイがしっかりと握っていた。
「……予想以上に小姑も多そうだな」
 それも最強の、とディアッカがイザークに言っているのが聞こえる。
「それ以前に、うちの母はキラにとっての最大の庇護者になりそうだ」
 近いうちに、絶対カナードもここにやってくるに決まっているし、今はどこにいるかわからない他の三人も押しかけてきそうだ……とイザークが言い返した。
 それはあまり嬉しくないな、とキラは思う。
 それ以上に、もう一人この場に現れると困る存在もいるのだが、それに関しては考えないようにしておいた方がいいのかもしれない。昔から《言霊》という言葉がある。だから迂闊に口にして現実になってしまったら恐いじゃないか。
 そう考えながら、キラはバルトフェルドが用意してくれた車へと乗り込んだ。