彼等が本拠地としているのはバナディーヤという街だった。
「取りあえず、ホテルの中は自由に歩いて貰って構わないよ。ここは我々の本部だからね」
 君達に危害を加えるものはいない、とバルトフェルドは笑う。
「買い物に行きたいのであれば……アイシャに頼んでくれればいい。護衛の者が手配でき次第許可を出して上げよう」
 女性には必要なものも多いだろうからね……とさらに笑みを深めながら彼は続けた。
「ですが……そこまでご迷惑をおかけするわけには……」
 確かに、着替えや何かは欲しいと思う。それでも、自分とフレイは現在無一文の状態だし……とキラは考えてしまうのだ。
「何。そのくらいは気にしなくていいよ。店一軒も買われたら困るけどね」
 そのくらいの予算はあるから、と彼は笑う。
 だが、その言葉を真に受けてもいいものだろうか。
「……何故、ですか?」
 それができないと思うからこそ、キラは彼に向かってこう問いかけた。
「そうね。あなた達にとって何のメリットもないことだわ」
 フレイもまたキラの疑念と同じものを抱いているのか。きっぱりとした口調でこう言い返す。
「メリットね」
 無い訳じゃないんだがな……と彼は意味ありげに笑う。
「まぁ、それは置いておいて……一番の理由は、女性陣の言葉、と言うことかな」
 いつになっても、男は女性に頭が上がらないものだよ……と言われて、キラは思わず首をかしげてしまった。
「ラクスさんが?」
 最高評議会議長令嬢である彼女の言葉にはザフトの隊長でも逆らえないのだろうか。しかし、彼女自身はそんな風に権力を使う人間には見えなかったが、と心の中で付け加える。
「ラクス嬢もそうだね。自分の分の着替えを用意するくらいなら、二人のものを用意してくれ……とは言われたよ」
 もちろん、そういうわけにはいかないが……とバルトフェルドは笑う。
「後はうちの女王様とエザリア・ジュール様のご命令だよ」
 さらりと付け加えられた言葉に、キラだけではなくフレイもぴくりと反応を返す。
「女王様というのは、アイシャさんの事だよね」
 救助されたときに紹介された、あの抜群のスタイルをしたエキゾチックな美女の姿を思い出してキラが呟く。
「あの人ならそういってくれると思うけど……でも、どうして《エザリア・ジュール》が……」
 やはりフレイは大西洋連合次官の令嬢なのだろう。あまり公にはなっていないはずの最高評議会メンバーの名前も知っているらしい。
 だからこそ、彼女かの指示だというのが信じられないのだろう……と言うこともわかっている。
「……エザリア様は、イザークのお母さんだよ」
 言わない方がいいかもしれない。そんな風にも思うが、事実は事実だから……とキラは意を決してこう告げた。
「そうなの」
 しかし、フレイの反応はあっさりとしたものだ。
「なら、あたしはおまけ、という訳ね」
 そのくらいぐらいのことはしてくれないとね……と彼女はさらに付け加える。
「フレイ」
「あぁ、そうだ。あの銀髪に買わせればいいじゃない」
 少なくともキラの分は……とフレイは微笑む。
「キラをあたしたちの手の届かないところに連れて行こうって言うなら、そのくらいの甲斐性はあるでしょ」
 キラのためにお金を使えないのであれば、認める、認めない以前の問題だ。そういって彼女はさらに笑みを深めた。その表情がサイにあれこれねだっているときのそれによく似ているような気がするのは、キラの錯覚ではないだろう。
「……フレイ、あのね……」
 取りあえず、イザークにそういう面で迷惑をかけたくないから……と考えている。確かに婚約はしているけど、自分たちは十数年ぶりに再会したばかりなのだし、彼が自分との関係を考え直したいと思っていない可能性は皆無ではないのだ。
 もちろん、それは避けたい事実ではあるが。
「いや、それは正論だよ」
 それなのに、何故かバルトフェルドがフレイの言葉にしっかりと頷いている。
「そのくらいの甲斐性を見せるのが男として当然のことだしね」
 どれだけ高いものをねだられても笑って頷けるようになるのが大人としての意地かもしれないよ……と彼は付け加えた。
「……経験があるのですか?」
 何やら妙に現実味があるセリフを耳にして、キラはこう問いかける。
「それに関してはノーコメントだ」
 と言うことは、やはり経験があるんだ……と少女達は推測をした。
「どうしても納得できないというのであれば、本人に確認すればいいさ」
 絶対に彼は『嫌だ』とは言わないと思うよ、と言われてもキラは頷くことができない。
「どちらにしても、彼等と話し合う必要があるだろうからね。後で時間を上げよう」
 彼等には早々にあの機体を使えるようにしてもらわなければいけないからね、と微妙に口調を変えてバルトフェルドは告げた。
「バルトフェルド隊長……」
 ひょっとして、この地では何か厄介なことが起きているのではないか。だとするならば、自分たちのために時間を割いてもらうのはいけないような気がする。
「気にしなくていい。君達はあくまでもオーブの民間人だ。そして、ナチュラルだろうとコーディネイターだろうと、民間人を守るのは軍人の役目だよ」
 プラント本国の者達は違うというかもしれない。しかし、地球に拠点をかまえ、その地を統括している人間としてはそういうしかないからね……と彼はまた優しい表情になる。
「それと……オーブに連絡を取りたいのであれば、何とか融通してやろう」
 ここまで言ってくれるとは思わなかった。そんなセリフを彼は平然と口にする。
 些細なことだが、アークエンジェルとの違いを改めて認識させられた。でも、とキラは思う。あそこにはムウやカナード、それに友人達や整備クルーもいた。彼等の存在だけで十分だった、とも思う。
 彼等が無事であればいいのだが。
 心の中でキラはそう思っていた。