流石に、いつまでも脱出ポッドの中にいるわけにはいかない。
 何よりも、いざというときに動きにくい。そういわれて、みなでMSの間にできた空間に座っていた。
「……取りあえず、ポッドにもエマージェンシー・セットはあったし、救援も、明日には着くはずだから、大丈夫じゃねぇ?」
 少しでも気持ちを和らげようとしているのか。イザークの友人だというディアッカがこう言ってくる。
「そうしたら、そっちのお嬢ちゃんもちゃんと医者に診せてやるって」
 民間人である以上、ナチュラルだろうと不当に扱うことはない。そう言って笑う彼は、どこかムウに似ているような気がしてならない。
「そうだな。キラの友人だというのであれば、安全にオーブまで送ってやれるよう、手配をしてやる」
 イザークもまたこう言って笑みを浮かべてみせた。
「その前に、無事に自軍と合流しなければいけないだろうが……」
 それに関しては問題ないだろう。こう言いながら、イザークはキラの肩にブランケットをそうっとかけてくれる。
「ありがとう、イザーク」
 でも、イザークは寒くないのか。キラはこう問いかけてしまう。
「気にするな。パイロットスーツはそれ自体で空調を保てるようになっている」
 普通の衣服しか身につけていないキラ達の方が現在は優先だ、と彼は笑った。
「そうそう。やせ我慢だろうと何だろうと、女性を優先するのは男として当然でしょ」
 ディアッカが笑いながらイザークにつっこみを入れてくる。
「まして、それがずっと思っていた相手ならな」
 さらに付け加えられた言葉に、イザークの頬にすっと朱が走った。
「ディアッカ! 貴様!!」
 何を、とそれを隠すよりも先に彼はディアッカを怒鳴りつける。
「あら。別に恥ずかしいことではありませんでしょう?」
 微笑みとともにラクスが口を挟んできた。
「それに、そのくらいでないと、キラ様のお友達から認められませんわよ」
 特に、そこにいるフレイからは……と彼女は笑みを深める。彼女は、本当にキラが好きだから……とも付け加えた。
「何よりも、キラ様が喜びますわよね」
 イザークがずっと思っていてくれたという事実は、と口にしながら、ラクスが視線を向けてくる。その視線に、キラは頬が熱くなっていくのを感じていた。
「……そういえば、あの指輪、どういう意味なの?」
 教えてくれるという話だったけど……といつもよりは弱々しい口調でフレイが問いかけてくる。
「あの指輪?」
 何のことだ、とイザークが首をかしげた。ひょっとして、彼は自分にこれを渡したことを忘れているのだろうか。そう思いながら、キラはそっと胸元を押さえる。
「まだ持っていてくれたのか」
 しかし、彼もすぐに思い出したらしい。
 それどころか嬉しげに微笑んでみせた。
「……だって、持ってろって……」
 言われたから……とキラは慌てていいわけを始める。
「最初は指にしていたんだけど、入らなくなっちゃったから……カナード兄さんが鎖を探してきてくれたんだ。それからはずっと首にかけていたんだけど……」
 いけなかったのだろうか、とキラは不安になってしまう。
「いや……てっきり、もうなくしたかもしれない、と思っていただけだ」
 キラは色々と大変な目にあってきたと聞いていたから、とイザークは口にする。それが誰からの言葉なのか、キラにも想像が付く。
「……だって、僕のことを守ってくれるからって……そういってくれたでしょう?」
 実際、こうして無事に会えたから……とキラは彼に向かって微笑む。
「はいはい。取りあえずそこまでにしておいてくれって」
 お互い、ずっと思い合っていたっていうのは十分わかったから……とディアッカが困ったような表情で口にした。
「後は、無事に安全な場所に着いてから好きなだけやってくれ」
 独り身には辛いから、見えないところでやってくれ……とも付け加えられる。
「ご、ごめんなさい……」
 反射的にキラは謝罪の言葉を口にしてしまう。
「謝る必要はないぞ、キラ」
 そんなキラの体をブランケットごと自分の方に引き寄せながらイザークがきっぱりと言い切る。その白磁の頬はまだうっすらと桃色に染まっていた。それでも、どうやら開き直ることにしたらしい。
「そいつが独り身なのは、未だにえり好みをしているからだ。適当にしか付き合っていないから、相手に早々に逃げられるんだ」
 でなければ、それなりにもてているんだが……とそうも付け加える。
「そうですわね。あちらこちらで浮き名を流していらっしゃると、わたくしも聞いておりますわ」
 さらにラクスが微笑みとともに辛辣なセリフを投げつけた。
「……サイテー」
 しかし、フレイのセリフの方が厳しいのではないだろうか。
「……仕方ないだろう。側に寄ってくるのはみんな《エルスマン》の名前が欲しい連中だけなんだから……」
 イザークのように家名ではなくイザーク本人を好きになってくれる相手、というのを見つけられるのは僥倖なんだって、と彼は真顔で言い返してくる。
「それも、しかたがありませんわ。わたくし達には出会いの場が限られているのですもの」
 そして、次世代を生み出せる可能性を生み出せる組み合わせはさらに限られているのだ、とラクスは告げた。
「次世代を生み出すのは、わたくし達の義務ですわ」
「わかっていますって。でも、ぎりぎりまで粘りたいんですよ、俺は」
 本当に好きになれる相手が見つかるかどうかを、とディアッカは反論をする。
「本当……人工子宮の研究が成功してくれれば、少しは状況が変わってくるかもしれないんですけどね」
 彼にしてみれば何気ない言葉なのだろう。あるいは、プラントではその研究が今でも続けられているのかもしれない。
 それがわかっていても、ついついキラは体を震わせてしまった。
「キラ?」
 これだけ密着していれば彼にわからないはずがない。
「寒いのか?」
 さらに付け加えられた言葉に、キラは反射的に頷いていた。

「偶然とはいえ、ここに落ちてくれてありがたかったかもしれないな」
 夜目にも鮮やかな黄金の髪を風になびかせながら少女が呟く。
「……必ず、私が見つけてやるからな」
 だから待っていろ、と彼女は続ける。
「……お願いですから、無茶だけはしないでくださいね」
 そんな彼女に向かって、少し淡い金髪の少年がため息とともに言葉を投げつけた。
「うるさいぞ!」
 むっとしたような表情で彼女は言い返してくる。
「貴方が傷ついても、あの人は悲しむんですからね」
 負けじとこう言えば、少女はぐっと言葉に詰まった。それでも、何かを言い返そうとしている。
「無事でいてくれればいいんですが……」
 それを無視して、少年は真っ直ぐに地平線を見つめていた。