デュエルの腕が、しっかりと救命ポッドを抱えている。 その事実にほっと安堵のため息を吐いたのもつかの間だった。 「……地球に近づきすぎたか……」 デュエルの推力では重力を振り切ることができない。ならば、このまま地球に落下する方が安全かもしれない、ととっさに判断をする。 スペックだけを見れば、それは十分に可能だ。そして、デュエルが盾になることで救命ポッドも無事に地上にたどり着くことができるはず。 とっさにそう判断をして、何にも替えがたい宝物が入っているカプセルを、全身で包み込むようにさらに引き寄せる。 そのまま、デュエルの向きを変えようとした。 だが、それよりも早くデュエルの前に別の機影が現れる。 「……バスター?」 ディアッカか……と思わず呟いてしまう。 その瞬間、通信回線が開かれる。 『イザーク、無事だな』 おそらく、既に大気圏内へと突入しかけているからだろう。モニターが時折揺らめく。それでも、その中でディアッカは笑みを浮かべている。 「ディアッカ! 何をしているんだ、この馬鹿者!」 自分がしていることは自分の選択の結果だ。だからといって、彼まで……とイザークは思う。 『付き合ってやるよ』 しかし、あくまでも彼は口元に笑みを浮かべたままこう言ってくる。 『お姫様を守るには、王子様だけじゃ足りないだろう?』 しかも、お姫様が二人、だしな……と彼はさらに笑みを深めた。 「……バカだ、バカだ、とは思っていたが……ここまでバカだとは思わなかったぞ」 ありがたい、というのは事実だ。 それでも、素直に感謝の言葉を口にできないのは、間違いなく自分の性格のせいだけではないだろう。 『いいじゃん。お前が十年以上も思い続けてきた相手、って言うのにものすごく興味があるんだよ、俺は』 そっちが本音だろう、とそういいたい。 「……付いてきた以上、こき使わせてもらうからな」 一番最初に見捨てられるのはお前だぞ、と言外に告げる。 『わかってるって……それよりも、そろそろ大気圏突入シークエンスを行わないと、まずいぞ』 ディアッカが不意に真面目な口調を作ってこういった。 「わかっている」 いくら大気圏に突入できるように設計されているからとはいえ、実際にそれを行ったものはいないはず。それでも、自分たちは生き残らなければいけないのだ。可能性を高めるためならば、使える手は全て使う。 『一応、俺の方が盾になる。それだけで、救命ポッドへの影響はかなり減ると思うが……』 「わかっている。こちらもそれなりの体勢を取るさ」 背面から落下するようにすれば、さらに救命ポッドの安全性は高まるだろう。後は、最後まで自分が意識を保てるかどうか、だ。 「……キラを守るためにも……無様なことはできないからな」 心の中を一瞬よぎった不安をイザークはあっさりと握りつぶす。 「だから、心配するな」 どうしても、脳裏に浮かぶ面影は彼女が幼いころのものだ。だが、無事にたどり着けば今の姿を目にすることができる。 だから、とイザークは唇をかみしめた。 そんな彼の体を熱が襲ってくる。それでも、必死に彼は意識をつなぎ止めていた。 デュエルとバスターが大気圏の摩擦で朱に包まれていく。 「……何であいつが……」 それを見つめながら、アスランは思わずこう呟いてしまった。 あの行動を取ったのがカナードだというのであれば、当然のことだと言えるだろう。彼がキラのことをどれだけ大切にしていたのか。それはよく覚えている。 しかし、現実にその行動を取ったのはイザークだ。 カナードの言葉を耳にした瞬間、彼は真っ直ぐにあの救命ポッドへと向かっていった。自分が重力に捕らわれるという危険性を顧みずに、だ。 「いったい、どうして……」 その理由がわからない。 いや、そもそもイザークがキラと知り合いだったのかどうかすら自分は知らないのだ。 そんなことはない、と言ってしまうのは簡単だろう。 だが、考えてみれば自分が知っている《キラ》は月で出逢った後だけだ。 それ以前の彼等については何も知らない。 どこで生まれたのか。そして、どんな風に暮らしていたのか。それすらも、自分は知らない。 あるいは、レノアは知っていた可能性はある。しかし、それを最後まで自分に教えてはくれなかった。 「……考えてみれば……四年前から、キラ達の消息はわからなくなっていた……」 いくら調べても、彼等のIDそのものが痕跡もなく消されていたのだ。それはまるで、彼等の存在が幻であったかのようだと言ってもいい。 ひょっとしたら、それ以前の記録も消されていたのだろうか。 それとも、月で別れた後に彼等は出逢ったのか。 本当に訳のわからないことばかりだ。 そう心の中で呟いたときである。 『アスラン! 何ぼけているんだよ!!』 ミゲルの怒鳴り声が耳に届く。 『まだ、戦闘は続いているんだぞ!』 何かを考えたいなら、全てが終わってからにしろ! という彼の言葉に、アスランはようやく周囲へと意識を戻した。 |