いきなり、全身に振動が伝わってくる。
「……何?」
 何なの、とフレイが何度も繰り返した。しかし、彼女にもこれがどのような状況なのかはわかっているはずだ。
「アークエンジェルに、何かあったんだ……」
 だから、自分たちは射出されたのではないか。キラはこう呟く。
 しかし、そうなのだろうか。
 ここからは外部の様子が確認できないのが辛い。何よりも、まだプログラムの修正が完全ではなかった。このままでは、攻撃を受けてしまうかもしれない。
 ではどうするべきか。
 そう思いながらキラは無意識に自分の首筋に手を添える。その瞬間、あるものに気が付いた。
「……これを……」
 使えば何とかなるかもしれない。
 反射的にキラは首にかけていた鎖を引っ張り出す。
「キラ様、それは……」
 その先に付いていたものに気が付いたのだろう。ラクスが問いかけてくる。
「エマージェンシー・コール。書き換えが終わらないから」
 ごめんね、とキラは付け加えながらコールを鎖から外そうとした。しかし、揺れが大きいせいで細かな作業ができない。
「そうではありませんわ。わたくしが気になったのは指輪の方ですの」
 それに関しては、後で……と口にしながら、ラクスはそっとエマージェンシー・コールを細い指でつまんだ。
「これをどうすればよろしいのですか?」
 キラを見つめると、こう問いかけてくる。
「上と下を持ってひねればいいって」
 そうすれば、スイッチが入るようになっているから、とキラは言葉を返す。
「こうですわね」
 その説明だけでラクスには理解できたらしい。言葉とともにスイッチを入れる。
 実際にエマージェンシー・コールが発信されているのかどうかはキラ達には確認できない。だが、カナードが手渡してくれたものが作用しないと言うはずがない、とキラは信じている。
「……後は、兄さん達が来てくれることを祈るしかないね」
 でなければザフトだろうか。
 地球軍であれば、戦場でこれを回収できる方法が無いような気がする。
「大丈夫よ、キラ。カナードさんなら絶対に来てくれるわ」
「それでなければ、イザーク様がおいでかもしれませんわね」
 ラクスが意味ありげに微笑む。
 まるでそれにタイミングを合わせたかのように別の振動が伝わってくる。
「な、何?」
 それにフレイが表情を強ばらせながらキラに抱きついてきた。
「何かに確保されたみたいだね」
 でもいったい何に……と思ったときだ。
『キラ、無事か!』
 聞き覚えがない声が響いてくる。おそらく、外殻同士を触れあわせることで声を伝えているのだろう。
「……誰?」
 でも、何故か知っているような気がするんだけど、とキラは呟く。
「わたくしもキラ様達も無事ですわ。イザーク様」
 その答えは、ラクスのこの言葉であっさりと解決をする。
「イザーク?」
 でも、どうして彼がここにいるのだろうか。
『あぁ。心配するな。俺が絶対、お前を守ってやるから』
 そのような状況ではないとはわかっている。それでも、あのころよりも低い声であのころと同じ言葉を投げかけられて、キラは泣きたいくらい嬉しかった。

「いい加減にしないか!」
 本当にこいつは、とカナードは目の前の機体をにらみつけながら思う。いっそのこと、このまま撃ち落としてやろうか。そんなことまで考えてしまう。
 それをしないのは、こんな相手でもしねばキラが悲しむだけ、というのが理由の一つだ。
『どうして!』
 もう一つは、彼が自分を邪魔をしている理由が、キラを利用させたことに対する怒り、だからだろう。
「それに関しては、後で説明をする! 今はキラの安全を確保する方が先だ!」
 そのくらい理解できないのか! と心の中で吐き捨てる。
『あれにキラが乗っているとは、限らないだろうが!』
 だが、アスランはこう言い返してきた。
「それでも、ラクス・クラインは乗せられている可能性が高いぞ」
 あいつらにしてみれば彼女は利用できる駒で、あっさりと切り捨てても構わない相手だ。そう付け加えれば、アスランの動きに迷いが生じた。
「お前は、何のためにザフトに入ったんだ?」
 さらにこう問いかけてやる。
『うるさい!』
 ある意味、見事な逆ギレだな。そういいたくなるような言葉をアスランが返してきたその時だ。
「……エマージェンシー・コール!」
 それも、わざと地球軍のそれを抜かした二国のそれ。
「やはり、キラか!」
 自分がキラに手渡したそれが周囲に鳴り響いている。これ以上の証拠など、自分には必要がない。
「邪魔だ、アスラン!」
 お前と付き合っている余裕はない! とカナードは叫ぶ。それでも、何とかなけなしの理性を総動員して相手の機体を戦闘不能に追い込む。もっとも、母艦に帰還することは可能だろう。
「キラ!」
 そのまま彼女たちが乗っている救命ポットへとストライクの向きを変える。
「……間に合わない……」
 だが、視線の先には重力にひかれ地球に落ちていくそれが確認できた。
 同時に、それを守るかのように抱きかかえるデュエルの姿も、だ。
「不本意だが……あいつに任せるしかないのか」
 そう呟くカナードの視線の先で、もう一機、バスターがデュエルとポッドを守るかのように近づいていくのが見えた。