『こちらは、ラクス・クラインを保護している。しかし、貴殿らがこのまま攻撃を続行するならば、その身柄の安全は保証できない!』
 通信機から飛び込んできたバジルールの言葉に、カナードは遠慮なく顔をしかめる。
「何を考えているんだ、あの女は」
 救助した民間人を人質にするとは、それがどれだけ人道に劣る行為なのか理解しているのか、とはき出した。何よりも、まだアークエンジェルには攻撃の矛先さえ向けられていないのだ。
 それだけ第八艦隊と合流を果たしたかったと言うことか。
 確かに、その方が連中にしてみれば楽なのだろう。それでも、とカナードが呟いたときだ。
『好きにしたまえ』
 予想もしない言葉が同じように通信機から流れ出した。
『貴様!』
『民間人を人質にして自軍を有利な状況に導こうとする。この状況を人々がどう見るか。わかっておいでならね』
 相変わらずの物言いに、苦笑を浮かべるしかできない。
『……できないと思っているのか、我々に』
 それが彼女の怒りに拍車をかけたのだろう。今、どのような表情をしているかが想像できる。
『ナタル!』
 微かにラミアスが彼女を止めようとしている声も聞き取れた。彼女の方はまだ、民間人に対する配慮が感じられる。それなのに、と思ってしまうのはいけないことか。
「キラさえいなければ、な」
 問答無用でさっさと離れているのに、とそう呟いたときだ。
『ナタル!』
 ラミアスの悲鳴が耳に届く。
 一瞬遅れて、地球に面している側から脱出ポットが射出された。
「ちっ!」
 別段、あの少女がどうなろうと自分には関係がない。しかし、そのせいでキラが悲しむ所は見たくない。
 そう考えるよりも先に体が動いていた。
 あるいは、虫の知らせがあったのかもしれない。
『ナタル! なんて事を……あれにはオーブの子も避難していたのよ』
 ラミアスの抑えた声が耳に届く。
『ですが……』
『有事の時には一番近くにあるポッドに避難するようにと指示を出したことを忘れたの?』
 ブリッジ内で指揮官がする会話ではない。その様子を見た部下がどう思うか。最悪、戦意を失うかもしれない。
 だが、カナードにしてみればそれよりもあれに《オーブの子》が乗っていると言うことの方が重要だった。
「キラ、か」
 可能性は否定できない。
 しかも、だ。あくまでも推測でしかないが、あのままでは地球の重力に掴まりかねない。あのポットだけでは大気圏内に突入はできても地上にたたきつけられたときにどうなるか。
 それなのに、だ。
「何故邪魔をする! アスラン・ザラ!!」
 目の前に出てきたMSに向かってカナードは叫ぶ。
「あれに、キラが乗っているかもしれないんだぞ!」
 しかし、この言葉はアスランの耳には届かなかったのか。それとも、別の人間が乗っていたのか。相手の動きが止まることはなかった。

『あれに、キラが乗っているかもしれないんだぞ!』
 この声はイザークの耳にも届いていた。そして、その声の主が誰であるかも想像が付いている。
「何を考えているんだ、あいつは」
 彼の言葉であれば疑う余地はないだろう。それなのに、どうして邪魔をしようとしているのか。
「……えぇい!」
 取りあえず考えている暇はない。あれがダミーだったとしても保護しないわけにはいかないだろう。そう思ってイザークはデュエルの向きを変える。
『イザーク!』
 そんな彼の耳に焦ったようなディアッカの声が届く。
「何だ!」
 今、自分は忙しいのに……と思いながら言葉を返す。
『あれ、まずい! あのままだと大気圏内に落ちる』
 だが、その後に続けられた彼の言葉で、そんな気持ちは吹き飛んでしまう。
「大気圏に落ちる?」
 あれが、と一瞬イザークの思考が止まってしまう。
 そうなった場合、あれは無事に地上までたどり着けるだろうか。
「……無理だ……」
 とっさにそう判断をする。
『イザーク!』
 ディアッカが慌てたように彼の名を呼んだ。
「キラを守るのが、俺の権利で義務だ!」
 そう約束したんだから、とイザークは彼に怒鳴り返す。そして、そのままデュエルをポッドに向けて全速で発進させた。