目の前に、ラクス達追悼慰霊団の乗り込んでいた艦艇が無惨な姿で漂っている。あの様子では、中を確認しなくても生存者がいないことは十分に推測できた。
『酷い、な』
 あれは戦艦ではない。それなのに、ここまで徹底的に破壊をする必要があったのか。
「……そうだな」
 同時に、あれをあんなにした者達の仲間と行動をともにすることを強要されているキラは無事だろうか……と不安になってしまう。
『キラちゃんのことを考えているのか?』
 からかうような声でディアッカがこう問いかけてくる。
「……ディアッカ……」
 否定する気にはならないが、素直に同意をするわけにもいかない。キラは自分自身にとって唯一無二の存在だが、ラクスはプラントの多くの者達にとって必要な存在なのだ。迂闊に比較をすることなどできない、とわかっていた。
 それでも、本音を言えば自分はキラを優先したい。
 ラクスのことは他の者達も動いてくれる。しかし、今、キラのために動こうとするものがいるとすれば、自分だけだと思う。
『大丈夫だって……連中にしてみれば、ストライクに離叛されるのはまずいだろうからな』
 そのためには、キラの存在が必要なのではないか。
 こう言い返されて、イザークは思いきり納得をしてしまう。
「……カナードさんなら、キラの存在が失われた瞬間、足つきを破壊するだろうな……」
 他に誰があの艦に乗り込んでいようとも、だ。
 はっきり言って、彼の思考は単純明快、と言っていい。しかし、それが幼心にもうらやましく思えた。
 何よりも、彼が努力をするのは全てキラのためだった。
 自分も同じだったと言っていい。しかし、ほんの僅かだけだが《ジュール》という家のために、という理由もないわけではないのだ。それが、キラを迎えた後に彼女の身柄の安全を確保するためだとしても、カナードに勝てないと思ってしまう。
『……マジ?』
「本当だ。キラを泣かせただけでしっかりと鉄拳制裁を受けた記憶もあるからな」
 あの時も、キラがかばってくれなければどうなっていたことか。
 だが、逆に言えばカナードがどれだけ激昂していようとも、キラの言葉だけは彼の耳に届くのだ。
「逆に言えば、キラさえ味方に付ければこちらの勝ちだがな」
 そう口にしながら、一瞬だけむなしく感じられたことは否定しない。
「ともかく、戻るぞ」
 あの船を見つけ出せたのだ。
 彼女が脱出しているのであればこの周囲にいるはず。
 しかし、それを捜索するには、自分たちの機体はバッテリーの残量がない。だから、一旦戻ってニコル達に交代した方がいいだろう。
 そう判断をして、イザークはこう告げた。
「そうだな」
 それに、ディアッカも同意をする。それを確認して、イザークはデュエルの向きを変えた。

 そのころ、アークエンジェルのセンサーはあるものをキャッチしていた。
「……救難信号?」
 チャンドラからの報告に、ラミアスが聞き返している。
「はい。本艦が現在、一番近い位置にいるようです」
 というよりも、現在ではアークエンジェル以外に周囲に艦影はない。それは、ラミアスにもわかっているのだろう。考え込むような表情を作る。
『どうするんだ、艦長さん?』
 回線越しにムウがこう問いかけてきた。
「どうするもこうするも、我々が救助しなければならないわけでは……」
 自分たちは極秘任務中なのだから、というバジルールに周囲の者達は冷たい視線を投げつけていた。
 それは当然のことだろう。
 宇宙空間で救難信号をキャッチした場合、すぐ側にいるものは何を置いても救助しなければいけない。これは、まだ人類が地球上の上から離れることができなかった時代からの不文律だ。
 もちろん、それが敵であっても同じ。
 しかし、バジルールは公然とそれを無視しろと言っている。
「カナード君」
 やがて顔を上げたラミアスは何かを決意したかのような表情でカナードに呼びかけた。
『何だ?』
 即座に彼が言葉を返してくる。どこか面倒くさそうな口調に思えるのはキラだけではないだろう。
「悪いけど、確認してきてくれる? もし、脱出ポットであれば、拾ってきて」
「艦長!」
 彼女の指示に、バジルールが驚いたように声を上げた。
「宇宙空間にいる以上、当然のことだわ」
 誰であろうと、救助をするのは……と彼女はきっぱりとした口調で言い返す。
「私たちだって、いつ、同じ立場になるかわからないのよ」
 確かに、自分たちは軍人だ。そして、あまり表沙汰にできない任務に就いている。でも、と彼女は言葉を重ねた。
「私たちは、誰かを守るために軍人になったのではないの?」
 それなのに、誰かの命を見捨てるのか。言葉とともに彼女はバジルールを見つめる。
「……ですが……」
「この艦の艦長は私です」
 責任は自分が取る、ときっぱりと言い切るラミアスに、バジルール以外のブリッジクルーは頷いていた。
「……では、ご自由に」
 後日、それに関しては報告させてもらう。その言葉が、さらに彼女の立場を悪くしているとバジルールは気付いていないのか。それとも、彼女にとってはそれが正しい道なのか。
 それがわからない。
 キラはそう考えながら小さなため息を漏らす。
 それとも、バジルールのような考えの持ち主の方が地球軍では当然なのだろうか。そうだとするのならば、だからこそ、戦争が終わらないのか、と心の中でそうも呟いていた。