両手いっぱいの折り紙の花をキラは宇宙空間に向けて流す。その側ではフレイとミリアリアが同じように花を周囲に流していた。
 この花は、きっと、この地にいる人々の魂を慰めてくれるのではないか。
 いや、そうあって欲しいと思う。
「……寂しい所ね」
 作業を終えて近づいてきたフレイがこう呟く。
「しかたがないわよ。ここは……多くの人の魂が、眠っている場所だもの」
 むしろ悲しい場所だわ、と同じように歩み寄ってきたミリアリアが口にした。
「そうだね……せめて、静かに眠っていて欲しいんだけど……」
 今は、そうはいかない。視線を上げれば、水を探しているミストラルの姿が確認できる。それらは、静かに漂っている人々の間を縫うように動いていた。
「そうね……何もなければいいんだけど……」
 キラが何を心配しているのかわかったのだろう。ミリアリアが少しだけ不安そうな声音で呟く。
「いくらあの人達だって……死んだ人まで蹂躙、しないわよ」
 そう思いたい、とフレイが付け加える。
「……そうだといいね……」
 キラは小さな声で呟く。
「キラ?」
「……死後の世界を信じていない人は、死骸になれば、ただのものだ……って考える人もいるから……」
 だから、ただの《塵》と認識しているかもしれない……とキラは言葉を重ねる。それでも、残された人々の気持ちがそれには重ねられているからむげに扱ってはいけないのだ、と自分の知り合いは口にしていた。
「……地球軍にそれを求めるのはむずかしいかもしれない、とキラは思っているのね」
 ミリアリアのこの言葉に、キラは小さく頷いてみせる。
「そこまで、彼等のことを悪くは思いたくないんだけど……」
 でも、バジルール達の態度を見ていると不安になってしまうのだ。そう付け加えれば他の二人も納得をしたように頷いてみせる。
「ともかく……戻りましょう?」
 このままここにいても、自分たちにできることはない。そういうフレイにキラは小さく頷いてみせる。
「そうだね」
 確かにそうだ、と口にすると、キラはきびすを返す。それでも、無意識に振り向いてしまったのは、きっと、この光景がキラの心の内に刻まれたある記憶を刺激してくれるからだろうか。
「……嘘……」
 しかし、そのせいでみたくはない光景を見ることになるとは思わなかった。
「……どうして……」
 あんなことをするのよ、とフレイも信じられないというように呟く。
「ともかく、キラ……戻りましょう」
 ミリアリアがとっさにキラの腕を掴む。そして、そのまま彼女の体を引きずるようにして移動を開始する。きっと、少しでも早くキラをこの場から引き離そうと判断したのだろう。
「そうよ、キラ……」
 早く戻りましょう、とフレイも即座にミリアリアに同意をすると、反対側の手を取った。
「どうして、お母さんを……」
 それすら、今のキラは認識できていない。
 無意識に呟いた言葉を最後に、キラの意識は闇の中に吸い込まれてしまった。

 同じ光景をストライクのコクピットからカナードも見つめていた。
「まったく、あいつらは……」
 何故、あのような行動をとれるのだろうか。
 この周囲に誰もいなかったら、無条件であのミストラルを撃ち落としていたかもしれない。そんなことすら考えてしまう。
「今の光景をキラが見ていなければいいんだが……」
 そのせいで、また彼女の古傷が口を開けなければいいのだが。
「ともかく、何とかしてやめさせたいな」
 それでなくても見ていて気持ちがいいものではない。しかし、自分にその権限はない。
「貴様らのせいで命を奪われた者達に対して、最低限の礼儀すら見せられないとは……やはり、バカだな」
 何とかして、組織そのものを潰すべきかもしれない。でなければ、キラの気持ちをまた傷つけてくれるかもしれないな、とそうも心の中で付け加えた。
 そうでなかったとしても、彼女が平穏に生きていくためにはブルーコスモスとそれと結託をしている地球軍は邪魔なのだ。
 しかし、いったいどうすればいいのかはわからない。
「……ともかく、一度戻るか」
 そろそろバッテリーが切れる。
 それでなくても、キラが戻っているだろう。
 何よりも……と彼は心の中でため息を吐く。
「あれを見ていると、怒りしかわいてこないからな」
 それが抑えきれなくなってしまえば、先ほどのセリフを実行に移したくなってしまう。それではまずいだろう、と言うことはわかっているのだ。
『水を見つけました』
 その時だ。オープンにしている回線からこの叫びが響いてきた。
「……取りあえず、一番の懸念は何とかなりそうか」
 水の問題は……とカナードは呟く。
 しかし、それ以外にも問題は多数ある。そして、そちらの方が根深いだけに厄介だと言える。
「あの人と相談できる時間があればいいんだが」
 そうすれば、もう少し状況は改善されるかもしれない。少なくとも、キラを傷つけることはなくなるのではないか、とそう思っていた。
 もっとも、それはもう遅かったらしい。
 その事実をカナードが知るのはそれからすぐ後のことだった。