目の前に、つい先ほどまで人が住んでいたと思えるプラントの一部が漂っている。
 正確に言えば、その状態で時を止めた……と言うべきなのか。
 しかし、目の前のそれはヘリオポリスではない。
 だが、現状でほぼ同様の被害を受けたプラントを、キラは一つしか知らない。
「……あれは……」
 ユニウスセブン? とキラは震える声で呟く。
「そのようだな……」
 しかし、ここであれを見つけるとは……とムウも流石に動揺を滲ませていた。
「だが……これで、何とかなるかもしれないな」
 それでも彼は冷静さを失わない。何かを決意したような口調でさらに言葉を重ねてくる。それは、軍人として訓練を重ねてきたからだろうか。
「大尉?」
 でも、何が……とは思う。
「あそこになら、水があるだろうからな」
 それも、それなりの量が……と彼は言葉を重ねてきた。
「……大尉……」
 ひょっとして彼は、とキラは心の中で呟く。
 もちろん、それが現状では一番確実な方法だと言うことはわかっていた。それでも、感情的に納得できないのだ。
「お前が何を言いたいのかはわかっている……でもな。俺たちだって生き抜かなければいけないんだよ」
 わかるな、とムウが問いかけてくる。
「……でも……」
 自分たちの行動のせいで、彼等の眠りを妨げはしないだろうか。そんなことを考えてしまうのは、自分がまだ世界を知らないからなのか、とキラは心の中で呟く。
 それ以上に、バジルール達がここで眠っている人々をそのままにしていてくれるだろうか、と言うことの方が気にかかってならない。
「それに関しては、俺がきちんと目を光らせているから」
 だから、信用してくれ……とムウがそっとキラの頭に手を置く。
「死者まで愚弄しようなんて人間は、バジルールを含めても数人だ。それに、ここはユニウスセブンだからな」
 地球軍である自分たちが迂闊な行動を取っては行けない場所だ、と彼はさらに言葉を重ねてくる。
「……大尉」
「それでも納得できないって言うなら……そうだな。女の子達でこの地に供える花でも作ってやってくれ」
 本物でなくて悪いが、それは気持ちでカバーすればいい。
 それで納得できるかと言えば、やはりむずかしい。それでも、キラは小さく頷いてみせた。

 ラウがアスランとともにザフト本部に呼び出されたのは、プラントの時間でまだ夜明け前のことだった。
「……ラクス、が?」
 呼び出された先で信じられない言葉を聞かされた。
「そうだ。追悼慰霊団の団長としてユニウスセブンに向かっていたそうだが……定時連絡が入っていないそうだ」
 最近、あの宙域で地球軍の艦艇が多数確認されている。状況から判断をして、襲撃をされたものと考えられる」
 それでも、おそらくラクスだけは脱出させているはずだ……とパトリックは付け加える。
「我々に、ラクス様の捜索に向かえ、と?」
 ラウの問いかけに彼は重々しい仕草で頷いてみせた。
「お前達であれば可能だろう」
 正確に言えば、ラクスの《婚約者》である《アスラン》がしなければいけない。そうすることで民衆の支持を自分に集めようとしているのではないだろうか。
「……詳しいデーターをいただけますか?」
 それと、先にあちらに残っているガモフを動かすが、構わないか。ラウはそう問いかける。
「データーについてはすぐに手配をする」
 すぐにでも出航の準備を行え……と続ける彼からはガモフに関しての反応はまったく出てこない。間違いなく、故意にその問いかけを無視をしたのだろう。
 ガモフの者達にラクスを先に保護されては困るのか。
 それとも、彼等が追っているはずの足つきも手に入れたいと思っているのか。
 一番考えたくない可能性としては、未だにアスランがこだわっている《キラ》の存在をこの機に乗じて消してしまいたいと考えていると言うことかもしれない。もっとも、そのようなことは自分自身がさせないが……と心の中で付け加える。
「明朝には出航できるよう、準備をさせます」
 しかし、それを表情に出さずにラウはこう告げた。
「任せる」
 この一言だけでパトリックは視線を書類へと移動させる。どうやら、もう自分たちと話すのは終わりだ、と言いたいらしい。
「……ザラ閣下……」
 それがアスランには不満なようだ。
「では、私は指示を出して参ります」
 もっとも、そんな彼に何を言う気にもなれない。後は親子で勝手にやってくれ。そんなことを考えながらラウはこう告げる。
「隊長!」
 しかし、それはアスランには信じられないことでもあったらしい。驚いたように彼は振り向いた。
「ザラ閣下には他にも懸案を抱えておいでだ。後は私たちが自分たちで判断をすればいいだけのことだ」
 何も言われなかった以上、自分がやり安いようにさせてもらう。ガモフに連絡を入れることもこちらの自由だ……とラウは言外に付け加える。
 もちろん、それはパトリックの耳にも届いているはず。しかし、彼は何も反応を返してこない。
 だから、本当に勝手にさせて貰おう。
 こう考えながらラウは頭を下げる。そしてそのままきびすを返した。
「隊長! 待ってください!!」
 アスランが慌てて追いかけてくる。それに視線を向けることなく、ラウはパトリックの執務室を後にした。
「……忙しくなるか」
 廊下に出たところで、こう呟く。
 しかし、これを好機に変えなければいけない。そうすることで愛しいあの子を安全な場所へ避難させられることができる可能性があるのだ。
 そのままラウは、大股に歩き出した。