やはり、一番の障害はパトリック・ザラか。
 目の前で繰り広げられている会話を耳にしながらラウは眉間にしわを寄せていた。仮面のおかげでそれが周囲にばれないのはありがたい。
 それでも、とこっそりとため息をはき出す。
 民間人の存在を自分に都合が悪いからと言う理由で完全に隠蔽するとは許されざる行為だろう。
 やはり、後でエザリアに相談をする必要がある。
 こう思いながらも彼はさりげなく視線を彼女へと向けた。
 パトリックの言葉に、彼女は頷いている。しかし、内心はどうだろうか。
 それとも、まだ、イザークからの連絡が届いていないのかもしれない。だが、今はパトリックの言葉に賛成していても、あの艦にあの子が乗っていると知ったらどうするのだろうか。
 どちらにしても、後で何とか話をする時間を作ってもらわなければいけないだろう。
 あちらに関しては、イザークがいるから当面は問題がないと思える。
 できれば、捕縛していてくれれば後々楽だとは思うが、そうでなくても、居場所だけでも確認できていれば十分だ。
 ただ、とラウは心の中で呟く。
 問題があるとすれば、あちらが自分が戻るよりも先に、地球軍の他の艦隊と合流することかもしれない。
 そうなった場合、カナードはもちろんキラの身柄もどうなるかわからないのだ。
 そもそも、彼等が足つきに乗せられていることをオーブが知っているのかどうかもわからない。
 これに関しては、取りあえず連絡を入れておいたが無事に届いただろうか。
 途中で握りつぶされないといいのだが……と心の中だけで付け加える。もっとも、その可能性があるからこそ保険はかけておいたが、それが発動しなければいいのだが。そんなことも考えてしまう。
 ともかく、キラのことはあの二人に任せるしかないのか。その事実がやはり歯がゆいな、とそうも考えたときだ。
「それでは、今日の所はここまで、と言うことで。残された議題に関しては、明日までに各自対策を考えてきて欲しい」
 シーゲル・クラインのこの言葉が議場に響き渡る。
 その言葉に、アスランが少しほっとしたような表情を作っているのがわかった。どうやら、彼でもこの場の空気にはなれないものらしい。
 だからといって、フォローをしてやるいわれはないか。
 こんなことを考えながらラウもまた立ち上がった。
「アスラン」
「はい、父上」
 言葉とともにアスランは彼の方へ駆け寄っていく。と言うことは、今日の所、パトリックは自分に用事はないと言うことだろう。
 その方がありがたいのは事実だ。
 こう考えながら、歩き出す。
 議場を出てしばらく進んだときだ。
「クルーゼ隊長」
 彼を呼び止める声がある。
「何でしょうか、ジュール議員」
 できるだけ普通の口調で言葉を返す。それでも、彼女が声をかけてくれてよかった、と思うのは事実だ。
「個人的なことなのですが構いませんか?」
 少しだけ表情を和らげて彼女は問いかけてくる。
「イザーク・ジュールのことでしょうか」
 母としての彼女の表情からそう判断をするものは多いだろう。実際、彼女たち母子は非常に仲がよいことで有名なのだ。
「……親ばかですまない」
「いえ、お気になさらず。本来であれば、彼も伴えばよかったのかもしれませんが、作戦上、どうしても彼を残さざるを得ませんでしたので」
 こう言いながらも、ラウはゆっくりと彼女に歩み寄った。
「それについてはしかたがありません」
 戦時中ですから、と口にしながらも彼女は態度で場所を移動しようと告げてくる。それも、ある意味当然の行動だと周囲の者達は見てくれているのではないか。それがわかっているからこそ、彼女もこの場で自分に声をかけてきたに決まっている。
 小さく頷けば、エザリアは先に立って歩き出した。
 やがて、彼女の執務室へとたどり着く。
 二人が室内に足を踏み入れたところで、エザリアはドアをロックした。
「ラウ・ヒビキ」
 そこで彼女は、ラウ自身も忘れかけていた名前で呼びかけてくる。
「何でしょうか、エザリア様」
 そんな彼女に、ラウは冷静な口調で言葉を返した。
「イザークからのメールを見ました」
 本当にキラなのか、と彼女は言外に問いかけてきている。それはラウにもわかった。
「間違いなく、あの二人はあの地で暮らしていました。現在はカナードの他にもう一人、あの子の側にいます」
 だから、当面は無事だろう。
 何よりも、イザークにあの艦の追尾を命じている。だから、保護をしたとしても危険にさらすようなことはないだろう。ラウはそう報告をする。
「……そうですか」
 ならば、自分は静かに待つべきでしょうか……と彼女は小さなため息を吐く。
「待つだけというのも、辛いものですが……しかたがありませんね」
 さらに付け加えられた言葉に、ラウは少しだけ考え込むような表情を作った。
「エザリア様」
 だが、すぐに静かな声で彼女へと呼びかける。
「お願いしたいことがありますが、よろしいでしょうか」
「何かしら」
 ラウの言葉に、彼女はすぐに聞き返してくる。
「オーブと……あの方への連絡を。あの子のことは一応連絡を入れてありますが、無事に着いているかどうか、わかりませんので……」
 だが、エザリアであれば確実に連絡を取れるだろう。言外にそう付け加える。
「わかりました。そちらに関しては任せて貰って構わないわ」
 だから、確実にキラを無事に連れてくるように。そういう彼女にラウは静かに頭を下げた。