メビウス・ゼロのコクピット内は予想以上に狭い。 それだけガンパレルを操作するためのシステムが複雑だ、と言うことなのだろうか。 周囲を見回すキラを膝の上に載せながら、ムウが小さな笑いを漏らす。それで、彼女はようやく意識を現実に戻した。 「……それで、どこをどうすればいいのですか?」 キーボードはどこにあるのだろうか。 そう思いながらキラは問いかける。 「……ん〜?」 焦らなくていいぞ、という彼に思わず首をかしげてしまう。 「あの……」 と言うことは、先ほどのセリフはただの口実だったのだろうか。そんなことを考えながら、キラは彼を振り仰ぐ。 「取りあえず、これを渡しておこうかと思ってな」 もちろん、さっきのも口実ではない……と彼は苦笑とともに付け加える。それでも、いざとなれば自分で何とかできる内容ではあるとも口にした。 「面倒だし、時間がかかるがな」 こう言いながらもキラの手に小さなペンダントトップのようなものを落とす。 「……ムウ兄さん?」 普段は周囲をはばかって口にしない呼びかけの言葉を思わず口にしてしまう。 「カナードに作らせた。エマージェンシー・コールだ」 真ん中から半分に折れば信号を発信し出す、と彼は付け加える。 「どこで何があるかわからないからな。万が一の時のために持っていろ」 艦内では、できるだけのフォローはするが……と彼は眉を寄せた。 「兄さん……」 「あまり言いたくはないが、クルーも全員が信用できるわけじゃない。そして、一番まずいのは戦闘中だろうな」 自分もカナードもキラの側から離れてしまうから……と彼はため息を吐く。 「でも……マードックさん達がいてくれるよ?」 それに、アークエンジェルの人員配置を考えれば、戦闘中に何かをしてくる可能性は低いのではないか。そう問いかければ、 「戦闘中はな」 と即座に彼は言い返してくる。 「問題は、戦闘が終わった後だ」 整備クルーはその瞬間からが別の意味で修羅場になるからな、と彼はため息を吐く。しかし、他の連中は時間ができる。その瞬間が恐いのだ、と彼は付け加えた。 その言葉に、キラは取りあえず納得をする。同時に、新たな疑問がわき上がってきた。 「……どうして、なのかな」 どうして、これほどまでに自分に執着をするのだろうか。 「取りあえずは、カナードを手放さないため、だろうな」 今のところ、彼以外にストライクを動かせるものはいない。そして、彼を動かすにはキラを使うのが一番だ、と連中は判断しているのだろう。 「それは間違っていないのだろうが」 しかし、とムウはため息を吐く。 ある意味、それは諸刃の剣だろう。一歩間違えれば、カナードの怒りはアークエンジェルそのものに向けられる。 キラの安全さえ確保できれば、何をしでかすかわからないのだから……とため息とともにはき出した。 「……でも、そうしたらみんなが……」 「あいつもわかっているさ。だから、まだ、大人しくしているんだって」 もっとも、自分がいるというのも要因の一つかもしれないが……と彼は続ける。 「その時は、俺が連中を連れて逃げる……と思っているんだろうな」 その判断は、あながち間違ってはいないが……とムウは付け加えた。 「ともかく、お前も気を付けろ。あいつに無駄に人を殺させたくなければ、な」 この言葉が嘘でも誇張でもないというところがカナードの恐いところではないだろうか。 実際に殺人まではしなかったものの、社会的に抹殺された人間もいたな……とキラは思いだしてしまう。 「……うん……」 わかっている、とキラは小さく頷く。 「いいこだ」 ムウが大きな手でキラの頭を撫でてくれる。それは昔と変わらない仕草だ。 「それは、指輪と一緒に下げておけ」 そうすればなくさないだろう、という言葉にキラはまた頷いてみせる。そのまま鎖を外すと言われたとおりのことをした。 「と言うことで……口実の方の作業をしてくれるか?」 こう言いながら、ムウがキーボードを引っ張り出してくる。 「取りあえず、できるところまではやったんだが……あぁ、コメントが付いているが、わからないことはすぐに聞け」 「はい」 いきなり彼が口調を変えた理由もキラにはわかっていた。 手早くモニターにプログラムのソースを呼び出す。 その瞬間だ。 「ちょっと! キラにセクハラしていないでしょうね!」 頭の上からフレイの声がふってくる。 「してない! ここは狭いんだから、そうぎゃんぎゃんさわぐな」 キラの集中力が削がれるだろう、とムウが言い返す。 「だから余計に心配なんじゃないの!」 フレイのこの言葉に、キラは知らず知らずのうちに小さな笑みを浮かべていた。 |