ラウから『内密に』という言葉とともに告げられた内容は、一瞬、信じられないものだった。
「……アスランがキラと知り合いだったとは、な」
 気に入らない、と一瞬思う。しかし、そのおかげで状況がわかったのだから、取りあえず彼に対する感情は棚上げにしておこう、とイザークは判断をする。
「まぁ……足つきの追跡を命じられただけでもいいか」
 ヴェサリウスとともに帰還を命じられていれば、キラを救い出すことができなくなっていたかもしれない。しかし、現状であればまだ可能性は残されているのだ。
「で、どうするよ」
 側でイザークの呟きを聞いていたディアッカがこう問いかけてくる。
「どう、とは?」
「俺たちだけじゃ、万が一の時に動けないことがあるだろう?」
 ニコルやミゲルに協力を求めるか否か、とイザークの問いにディアッカは答えを返してきた。
「協力、を?」
 内密にというのがラウの命令だ。それなのに、とイザークは顔をしかめる。
「内密だろう。仲間たちにしか相談しないんだから」
 本当はゼルマンにも相談した方がいいのかもしれない。しかし、彼にだって立場というものがあるから、状況によっては足つきを見逃すというのはむずかしいのではないか。
 しかし、ニコルとミゲルであれば話は違う。
 特にミゲルであれば、相手に最小限の被害を与えただけでこちらに有利な状況を作り出してくれるかもしれない。
 いくらアスランよりのニコルだとしても、民間人の女の子が強引に乗せられていると知れば、協力しないわけにはいかないだろう。何よりも、アスランは現在、この場にはいないのだから、あちらに協力しようがないだろう。
「アスランが来る前にキラちゃんのことに関してお前に有利なことを吹き込んでしまえばいいだろう?」
 その女の子は子供のころからの婚約者だが、第一世代だから成人するまでオーブにいたんだ。成人したときにはもう戦争が始まっていたから、連絡が取れなくなっていた。見つけたときにはもう、地球軍に拉致されていた、と言えば、あの甘ちゃんのことだから同情してくれるぞ、と彼は続ける。
「……あいつならばそうだろうが……」
 問題はミゲルかもしれない。
 ラウの言葉が正しいのなら――というより、彼はこういうことで嘘は言わないだろうが――ストライクに乗り込んでいるのはカナードだ。
 話を聞けば、ミゲルは彼に撃破されているらしい。だから、カナードに恨みを持っている可能性がないとは言えない。
 この言葉をディアッカにぶつければ、彼は笑ってみせる。
「大丈夫だって。あいつには弟がいるだろう?」
 それはイザークも知っていた。しかし、それが今、何の関係があるのだろうか。
「あいつ、弟をものすごく可愛がっているんだって。でもって、キラちゃんはあちらに拉致されている。カナードって言う人はキラちゃんをものすごく可愛がっていたんだろう?」
「あぁ」
 彼だけではなく、さらに上の二人もだが……とイザークは頷いてみせた。
「キラちゃんの身柄を盾に取られていた、と聞かされたら、ミゲルにしても取りあえず水に流してくれるって」
 弟でも可愛いのだ。
 妹ならばなおさらだ、と思ってくれる……とディアッカは笑う。
「……そういうものなのか?」
 自分は一人っ子だからよくわからないが……とイザークは聞き返す。そういえば、目の前の相手には兄がいたな、とも思う。
「そういうもんなの」
 自分ですら兄貴は「可愛い」と言うんだぞ、と彼は笑った。
「……なら、そういうものかもしれないな」
 お世辞にも、ディアッカは『可愛い』という性格ではない。それは、幼年学校で出逢ったころから変わらないものだ。
 それでも可愛いと言われるのであれば、兄弟にとって見れば弟や妹と言ったものは無条件でそういうものなのだろうか。そんなことも考えてしまう。
「だから、さ。巻き込んでしまえ!」
 それが無理でも、見逃してもらえるかもしれないぞ……とディアッカはさらに言葉を重ねてくる。
「……そうだな……相談だけ、しておくか」
 キラを守るためならば、誰に頭を下げても構わない。
 イザークはそう思う。
 それで、自分のプライドが多少傷つこうとも、彼女の存在が失われるよりはましだ。
「キラのためならば、アスランにだって頭を下げてやるさ」
 こう呟く。
「本当に好きなんだな、その子のことが」
 イザークにとってアスランとはどのような存在なのか知っているディアッカは、妙に感心したような口調でこういう。
「当たり前だろう」
 自分が今の自分になれたのは、キラの存在があったからだ。
 彼女を守れるように、それなりの力を身につけなければいけない。キラを狙っているものは多いのだから。
 母にこう言われた日から、イザークはどのような状況になろうともキラを守れる存在になろうと頑張ってきた。その結果が、今の自分だと言っていい。
 だから、彼女を失えば自分の基盤は完全に壊されてしまう。
「キラが俺という存在の根本だからな」
 そう言って笑うイザークにディアッカも笑みを返してきた。
「なら、さっさと終わらせるか」
 その方が今後の作戦を立てやすいだろう、という彼にイザークは素直に頷いてみせる。
「だな。今なら、談話室か?」
「じゃね?」
 こう言いながら、ディアッカが腰を上げた。
「じゃ、行くか」
 この言葉に、イザークもまた立ち上がる。そして、そのまま移動を開始した。