「……この時期に呼び戻すとは……」
 最高評議会の方でいったいどのような判断があったのか。それがわからない、とラウは眉を寄せる。
「とは言っても、戻らないわけにはいかないだろうね」
 命令である以上、従わなければいけない。
 だからといって、キラ達が乗せられている足つきを見逃すわけにはいかない、というのも事実だ。それは、個人的な事情からだけではなく、ザフトの指揮官としての判断でもある。
「……ガモフに追いかけさせるか」
 あちらにはイザークがいることだし……とそうも思う。
「何とか、カナードと接触をしてくれればいいのだが」
 彼もカナードのことは覚えているだろう。連携さえ取れれば、安全にあの子達を保護することも可能ではないか。
 しかし、そのためにはイザークにストライクのパイロットが誰であるのかを教えなければいけないだろう。
「問題は、それがどう転ぶか、だな」
 それでイザークが戦えなくなっては別の意味で困る。
 さて、どうするか。
 そんなことを悩みながらも、ラウは自分用の端末を立ち上げた。その瞬間、メールが届いていることに気が付く。
 それに関しては、別段おかしいことではない。
 問題があるとすれば、その差出人だった。
「……まったく、趣味が悪い」
 誰が出したものか想像が付くだけにこうとしか言えない。
「やはり、早々にあの子を彼から引き離すべきかね」
 身の安全という意味ではなく、悪影響を与えないためにも……とラウは思う。もっとも、逆の立場から物事を見れば、あの三人がセットになればどのような状況からでも帰還をすることができるのかもしれない。
「あの子は素直で可愛いのが一番だからね」
 もちろん、あの子があの子であればどのような状況でも愛おしいと思えるのだが。そう呟きながらもメールの内容を確認するために手早く開封をする。
「おやおや」
 次の瞬間、仮面の下でラウの目が細められた。
「これはあの子か」
 この短期間で作ったのであれば、流石だね……と満足そうな声音で呟く。
「なら、返事を出してやらないといけないか」
 ついでに、彼に対するイヤミの一つや二つ滲ませてやろう。そう考えている彼の表情は、誰から見ても楽しげだった。

 本当にいいのだろうか。
 目の前の光景を見つめながらキラはこんなことを考えてしまう。
「……一応、あの人の方が上官なんだよね……」
 膝の上のパソコンから顔を上げながら、キラはこう呟く。
「気にしなくていいわよ、キラ」
 当然のようにその側に座っているフレイがこう言ってきた。
「どうやら、フラガ大尉の命令らしいもの」
 あちらの方がもっと偉いんでしょう、という彼女にキラは苦笑を向ける。
「そうだと思うんだけどね」
 でも、だからといっていいのだろうか。これでブリッジと整備クルーの間に亀裂が入らなければいいのだけれども、とそう思う。
 何よりも、ザフトの襲撃のおかげでこの艦に乗り込んでいる人員は最低限度、などというものではないのだ。
 だから、と言うわけではないのだろうが、ヘリオポリスのカレッジ組も整備クルーの手伝いをしている。微妙に専攻が違ったフレイは専門用語がわからないという理由でキラの側にいる、と言うわけである。
「それよりも、キラ。頼まれていたものは終わったの?」
 なら、マードックに渡してくるが……と彼女は問いかけてきた。
「うん。一応できているけど……でもデバッグしないと」
 微妙に基本のシステムが違うから、自分の作ったプログラムだとバグが出るかもしれない。
 これが実験やシミュレーションであれば修正をすればいいだけだが、現状ではそういうわけにはいかないのではないか。
 キラは言外にそう告げる。
「キラが作ったのなら大丈夫だと思うけど」
 それでも、確かに万全を期した方がいいだろう。フレイも納得したように頷いてみせた。
「なら、どうするの?」
「シミュレーションをしたいから……端末とサーバーを一つ借りて走らせてみる」
 でも、そのためには誰かから使用許可を貰わないと……とため息を吐きつつ視線をマードック達に向ける。そこではバジルールのシンパらしい兵士が何やら彼にくってかかっているのだ。
「なら、フラガ大尉に声をかけてきて貰うわ」
 彼であれば、誰であろうと頭ごなしに文句は言えない。
「そうだね。ラミアス艦長でもいいんだけど……」
 彼女はブリッジを離れられないようだから、とキラは小さくため息を吐く。
「……実戦に出ている人や技術職の人と、それ以外の人では、コーディネイターに対する認識が違うのね」
 同じ軍でありながら、そのギャップは大きい……とフレイも頷いてみせる。
「きっと、地球軍の中だけしか知らないのよね、あの人達は」
 コーディネイターであろうとも、努力をしなければ何も手に入れることができない。その事実を知らないのだ、と彼女は付け加える。
「もっとも、あたしも昔は知らなかったわ」
 知ろうともしなかった……と彼女は小さな声で呟くように口にした。
「フレイ」
「キラが一生懸命だったから、それでわかったようなものね」
 それだけでも、オーブに来てよかったかもしれない……と彼女ははんなりと微笑んでみせる。
「みんな、そういう友達を作れれば、状況は変わったのかしら」
「そうかもしれないね」
 でも、フレイのように考えられるものは少ないのではないか。偉くなればなるほど……とキラは心の中で呟く。
「取りあえず、目立たないように大尉を呼んできてくれる?」
 キラの言葉に、フレイはしっかりと頷いてみせた。