ヴィアが案内してくれたのは、華美ではないが心地よい部屋だった。その片隅に子供用のおもちゃや教材が置かれているところから判断をして、ここは彼女たちのプライベート空間なのではないかとそう思う。 「あら……まだ、これを飾っていてくれるのね」 窓際に置かれているものに視線を向けると、エザリアが微笑む。 「貴方から貰ったものですもの。それに、キラが気に入っているの」 だから、そこが定位置なのよ……とヴィアは言葉を返した。 「座って。今、お茶を淹れるわ」 イザーク君も紅茶でいいのかしら、とヴィアは首をかしげる。そうすれば、栗色の髪がさらりと音を立てて流れた。 母や自分のような銀髪が一番綺麗だ、とイザークは信じていた。しかし、彼女のような濃い色も美しいかもしれない。だとするならば、自分の思いこみは修正しなければいけないな……と心の中で呟く。 「そうね。私はストレートで。この子は……ミルクティーにしてくれるかしら?」 「母上!」 自分がまだそのようなものを飲んでいると、目の前の女性には知られたくない。何故かイザークはそう思ってしまう。 「女性の前で格好を付けたいのはわかるが、我慢して飲んでもおいしいとは思えないでしょう?」 ヴィアが淹れてくれるお茶はおいしいのだから、ちゃんと味あわなければ失礼だ……とエザリアが注意をしてくる。 「エザリア。男の子は女性の前では背伸びをしたいものなのよ」 くすくすと笑いながら、ヴィアがこういう。 「少し待っていてね。イザーク君の分は……一口飲んでから自分で判断できるように別に持ってきて上げるわ」 さらに言葉を重ねると、ヴィアは部屋を出て行こうとする。しかし、それよりも早く誰かがドアをノックする音が室内に響いた。 「誰?」 柔らかな声でヴィアが誰何をする。 「……ママ」 それに、可憐な声がこう答えを返してきた。 「キラ? どうしたの?」 お客様がおいでだと言うことは知っているでしょう? と口にしながらも、彼女はそっとドアを開ける。そうすれば、本当に彼女によく似た自分とほぼ同年代の少女の姿が確認できた。 「レイがお熱なの。お薬、どれを飲ませて上げればいいのか、キラ、わからないから……」 だから、聞きに来たの……と口にする少女――キラの手には救急箱らしきものが抱えられている。 「……そう。レイが」 一瞬、ヴィアは考え込むような表情を作った。だが、すぐにエザリア達へと視線を向ける。 「エザリア。申し訳ないのだけれど……」 「わかっているわよ、ヴィア。子供の体調の方が優先だわ」 だから行っていいわよ、とは母は言い返した。それは、彼女も自分の親だからだろうか、とイザークは思う。 「ごめんなさい。いつものことだから、お薬だけ飲ませたら戻ってくるわ。後のことは、キラがちゃんとやってくれるものね」 もう少ししたら年長の子供達も戻ってくると思うわ……と彼女は続ける。 「御邪魔して、すみません」 キラもまたこう言って頭を下げた。そうすれば、ヴィアによく似た色の髪が同じように背中から滑り落ちる。 そのまま頭を上げたキラを連れてヴィアは部屋を出て行った。 「……イザーク」 ドアが閉まったところで、エザリアが小さな笑いとともに声をかけてくる。 「何でしょうか、母上」 ひょっとして、自分が気付かないところで失礼な行動を取ってしまったのか。そう思いながらイザークは聞き返す。 「キラちゃんが気に入ったのか?」 しかし、エザリアの言葉はイザークが予想していないものだった。 「……母上……」 それに何と言い返すべきか。 ただ、あの綺麗な栗色の髪には触れてみたいと思う。 「まだ、わかりません。ですが、可愛いとは思います」 取りあえず、当たり障りのないようなセリフを口にしてみた。 「そうか」 まぁ、まだ言葉も交わしていないからな……とエザリアは頷いている。それでも、第一印象は悪くなかったようだな、とも。 「母上?」 彼女が何を考えているのか予想はできるのだが、確かめるのは恐い。そう思ってはいけないのだろうか。 「せめてメールを交換できるような関係になるように。ヴィアそっくりのあの子に『お義母さま』と呼んでもらえたら嬉しいだろうな」 親友の娘を息子の嫁に、と希望するのはいけないことではないだろう。 しかし、本人の意思を確認してはくれないのか……とイザークはため息を吐く。 「その前に母上……婚姻統制の問題があると思いますが?」 確かに、それに従わないものも存在しているという話だが、ジュール家の嫡子である自分はそういうわけにはいかないのではないか、と思う。 「大丈夫だ。キラちゃんは第一世代だからな」 第二世代同士のカップルよりもその点に関する問題は少ない。エザリアはこう言い切る。 「……第一世代……」 そういえば、ヴィアはナチュラルだった。となれば、その娘であるキラがコーディネイターというのであれば第一世代ということになる。 「気が付かなかった……」 自分たちと同じ年代だから、無条件で第二世代だと思っていたのだ。 「確かに、珍しいからな。だからといって、存在していないわけではない」 だが、それに文句を言うものはいるだろう……とエザリアは眉を寄せる。 「だから、婚約その他はともかく、お前だけでもあの子をいらぬ偏見から守って上げなさい」 女性を守るのは男としての義務だ。彼女はさらにこう続ける。 「わかっています、母上」 それにイザークはしっかりと頷いてみせた。 |