「……さて、どうしたものかね」
 イザークが提出をした報告書に目を通しながら、ラウは小さな呟きを漏らす。
「まぁ、カナードが側にいるし……彼もあちらに合流したから当面の心配はないと思うが」
 それでも、気を付けなければいけないだろう。同時に、彼がまだ、キラのことを好きでいてくれるということの方が収穫だろうか。
「それでなければ、見捨てているが」
 もっとも、彼が自分の部下として配属されてきたのはある意味偶然だ――もちろん、全くのと言うわけにはいかないだろうが――それだけの努力をイザークが重ねてきたと言うことでもある。
 その努力の理由の一つに《キラ》の存在があるというのであれば、可愛いと思えるな、微かな笑みとともに呟く。
 しかし、その表情はすぐに消えた。
「まさか、アスラン・ザラとも顔見知りだったとはね」
 それも、かなりの長期間、側で過ごしていたようだ。
「もっとも……彼はキラが《女の子》だと言うことは知らないようだからね」
 おそらく、カナードとキラを引き取ってくれていたカリダ達とその後見をしてくれていたアスハの者達があの子のIDを《男》として登録していたのだろう。その時期にはもう、自分たちはあの二人から離れていたから、そのあたりの詳しいことはわからないが。
 それはあちらにいるムウも同じ事だ。そして、今は側にいないレイも。
「……後で、彼に聞けばいいことか」
 そのあたりの事情を彼は聞き出していることだろう。だから、次に接触したときにでもデーターを貰えばいいだけのことだ。
「民間人が乗り込んでいると言うことならば、捕縛という判断をしてもいいだろうしな」
 自分としても、彼等に内密に連絡を取って協力を求めるのはやぶさかではない。
「問題なのは……今回の一件であの子の心が傷ついていないかどうか、だろうな」
 頻繁にではないが連絡は取り合っていた。
 だから、どのような事情で月からオーブに移住することになったのかも聞かされている。それは、他のものも同じ事だろう。
「あちらのフォローを期待するしかないか」
 しかたがないこととはいえ、こう言うときに側にいられないというのは歯がゆいものだ。呟きとともにラウはため息を吐く。
「よかれと思ったことが裏目に出る、というのはこのようなことかもしれないな」
 それでも、今の立場を捨てることができない。
 今、キラ達と合流するプラス面とそれに伴うであろうマイナス面を考えれば、後者の方が大きいのだ。
「まずはあちらの居場所を特定しないといけないな」
 接触をするにしてもキラ達を助け出すにしても、あちらの艦を補足しなければできないことだ。
 それから考えても遅くはないだろう。いや、そう考えたい。
 こう考えながら、ラウはゆっくりと立ち上がる。
 そのまま、床を蹴るとゆっくりと移動を開始した。

 眠っているキラの髪を、カナードはそっと撫でていた。
 いったい、どういう配慮なのかはわからない。だが、自分たちはキラの友人達と引き離されて二人で士官室へと放り込まれていた。
 表向きは、キラに静かな環境を与えたい……と言うことらしい。しかし、とカナードは心の中で呟く。
「……配慮、ではないな、きっと」
 ここであれば、いざとなれば外からロックできる。
 もちろん、キラであればそうなったとしても簡単にロックをはずせるだろう。だが、連中はそれを知らないはず。だから、ここにキラを閉じ込めておけると思っているのではないか。そうすれば、自分を自由に動かせると信じているに決まっている。
「キラ一人であれば、さっさとこんな所飛び出すんだが……」
 キラの友人も一緒となれば、やはりそれなりの準備が必要だ。
 一番問題なのは、その時間が取れないことかもしれない。
「あちらがどう出るか、が問題だろうな」
 ザフトの動きがどうなるか。それ次第で、自分の行動を決めてもいいのかもしれない。
「あちらには、あの人がいるはずだから……」
 アスランは気に入らないが、間違いなく《彼》に自分たちのことを伝えてくれるだろう。もっとも、そのくらいは動いて貰わないといけないが……と思ったときだ。
 かけたはずのロックがはずされる。
 反射的にカナードは身構えた。しかし、滑り込んできた相手を見て、体から力を抜く。
「脅かさないでください」
 そして、こう告げる。
「悪い。あまり、人目に付かない方がいいかと思ってな」
 というよりも、自分たちの関係はまだ知られない方がいいだろう。彼は苦笑とともにこう告げる。
「そうですね、ムウ兄さん」
 自分はともかく、そのせいでキラに厄介ごとを押しつけられてはいけない。そのせいで、ようやく治りかけていたキラの心の傷がまた開くようなことになってはいけないのだ。
「取りあえず、マードックは信頼していいぞ。あいつは『キラが倒れた』と聞いて本気で心配していたからな」
 他の整備クルーも同様だ。
 その言葉にカナードも頷いてみせる。
「それは、キラの友人達から話を聞いてわかっていました」
 ナチュラル用とは言え、キラに薬を持ってきてくれた彼だったし……と付け加えた。
「そうか……なら、最悪の場合、デッキにキラをおいた方が安全かもしれないな」
 ブリッジクルー――と言うよりは、バジルールとその一派と言った方が正しいのか――は、おそらくキラも利用しようと考えているはず。
 そのくらいであれば、最初からキラを巻き込んで彼女たちと直接接触させない方がいいのではないか。
「デッキなら、俺も近くにいられるしな」
 もっとも、キラには他人のふりをしろと言わなければいけないことだけが辛いが……と彼はため息を吐く。
「キラが貴方に懐いてもおかしくない状況を作りましょう」
 それと、できればキラの友人の中でも女性陣にだけは好かれるようにしてくださいね。セクハラ発言は厳禁です、とカナードは笑いながら付け加える。
「……気を付けるよ」
 キラにも嫌われかねないからな……とムウは苦笑を浮かべた。だが、すぐに表情を引き締める。
「そうだ。キラが起きたら、暗号化のプログラムを作ってくれるように言っておいてくれ。ついでに、ロムが残らないような、な」
 あちらこちらと連絡を取る必要が出てきそうだからな。そういった彼にカナードは静かに頷いてみせる。
「じゃ、また後で。今度は堂々と飯に誘いに来る」
 こう言い残すと、彼はまた静かに出て行く。
「さて……キラのパソコンを返してもらわないとな」
 あれであれば、どのような作業もこなせるだろう。それを理由にすべきだろうか……とカナードはキラの髪をまた撫でながら考えていた。