「……ヘリオポリスが……」
 本の数時間前まで自分たちが暮らしていた場所が崩壊していく。
「……どうして……」
 この言葉は誰の口から出たものだろうか。それを確認する余裕はキラ達にはない。
「キラ!」
 それどころか、キラは手足がすっと冷えていくような感覚に襲われていた。そのせいか、体が細かく震えている。なのに、何故か汗が頬を伝い落ちていくのだ。
「大丈夫、キラ」
 それに気付いたのだろう。フレイが心配そうに問いかけてくる。
「横になった方がいいかもしれないわね」
 ミリアリアもキラの顔をのぞき込みながらこう口にした。
「……ごめん……」
 みんなも辛いはずなのに、とキラは思う。
「気にしないで」
「そうよ、キラ」
 言葉とともに二人はキラを立ち上がらせる。そのまま、彼女の体を支えるようにして歩き始めた。
「話は、聞いているもの」
 カナードさんから……とフレイは付け加える。
「……いつの間に……」
 兄さんも、とキラはため息を吐く。
「あたしが聞いたのよ。キラのことが心配だったから」
 カレッジ内で爆発音がする度に青い顔をしていたから、と言われて、キラは首をかしげた。
「そんなに、酷かった?」
 気を付けていたんだけれど……と小さく呟く。
「あたしが気になっただけ。キラが悪い訳じゃないわ」
 だから安心して……ともフレイは口にした。
「そうよ。だから、今は眠って」
 目が覚めるころにはキット、カナードが戻ってきてくれるから……とミリアリアも付け加える。その言葉に頷くと、キラは静かに目を閉じた。

「……まさか、ヘリオポリスが崩壊するとは……」
 いったい、誰の仕業だろうな……とカナードは小さく呟く。
 人造の大地とはいえ、数万の人間が住む場所だ。幾重にも安全に対する措置が執られているはず。
 しかし、目の前のそれは一瞬にして崩れ落ちていった。
 おそらく、メインシャフトが破壊されたのだろう。
 だが、それこそ内部から破壊されるか、戦艦の主砲が直撃しない限り完全に崩壊することはないはずだ。
「……俺が見た限り、どちらの攻撃もあれだけは避けていたはず」
 と言うことは、故意に行われたと見た方がいいだろう。
 いったい誰が……と言うことは確かに気にかかる。
 しかし、それ以上に気にかかるのはキラのことかもしれない。
「あいつのトラウマが悪化していなければいいんだが……」
 それでも、これだけの事態が起こったのだ。たとえ戦艦の中にいたとしてもわかってしまうだろう。
「……あいつらのことだ。モニターを切るなんてことはしていないだろうし……」
 そうなると、頼りになるのは側にいてくれる女性陣か。
 父親に問題ありとはいえ、フレイ自身のキラに対する好意には間違いがない。そう思って、彼女にはキラのトラウマの原因を教えている。だからフォローしてくれているのではないか。
 もう一人、あてになりそうな人物もいることはいる。しかし、戦闘中である以上、立場的に動けないと言うこともわかっていた。
 後は、自分が少しでも早く側に行ってやるだけだな……とそう思いながらストライクをアークエンジェルに帰還させようとした。
 だが、その行き先を遮るかのように一機のMSが現れる。ストライクに向かって銃口を向けているその機体に、カナードは見覚えがあった。
「……イージス?」
 ザフトに奪われたはずの機体がどうして目の前にいるのか。
「ふん……俺の敵だというのであれば、どの機体でも関係ないか」
 元々、存在してはいけない機体なのだから……とカナードが呟いたときだ。いきなり通信回線が開かれる。
『やっぱり、カナードさん……』
 次の瞬間、耳に届いたのは、できればもう二度と聞きたくはないと思っていた声だった。
「……アスラン・ザラ……」
 彼が悪いわけではないことはわかっている。
 それでも、二度と会いたくないと思える存在もある。
 アスラン・ザラという相手は、まさしくその種類の人間だった。だから、かなり邪険にしてきたはずなのに、と小さなため息を漏らす。どうやら、それは伝わっていなかったらしい。
『キラは……キラは、無事なんですか?』
 回線越しに響いてくる声に、何と答えるべきか。カナードは一瞬悩む。
「お前に教える義務はないと思うが?」
 これがイザークであれば無条件で教えてやるんだが……と心の中ではき出す。
 未だにキラの心の中で大きな地位を占めているガキは、考えてみれば彼と同じ年代か。あの時のままに彼が成長しているかどうかはわからない。それでも、きっとアスランよりはましだろう。そう思ってしまうのは、月時代のあれこれが記憶の中にしっかりと焼き付いているせいだろう。
「教えたところで、お前ではあいつの助けにならん」
 だから、邪魔をするな! と付け加える。
 すぐに戻らなければいけないんだ。このセリフでキラのことがわからないならばもう見捨ててやろう。そんなことも考えてしまうカナードだった。