デッキ内部がさらに騒がしさを増した。
 それだけではない。
 ブリッジに行っていたはずのラミアスとバジルールもここに姿を見せた。
「……何か、あったのかな」
 その様子に、キラは小さな声でこう呟く。
「大丈夫よ、キラ。あたしたちがいるでしょう?」
 言葉とともにフレイが抱きついている。しかし、その彼女の体も細かく震えていた。
「……普通、そういうときフレイが抱きつくのはサイじゃないのか?」
 ぼそっとトールが呟く。
「うるさいわね! あたしはキラを守りたいの!」
 それに、サイの側にいれば邪魔になるでしょ、とフレイが言い返している。
「そうよ、トール。第一、何かあったときに動けないと困るわ」
 男性陣が、とミリアリアも頷いてみせた。
「……そうかもしれないんだけどね……」
 でも、自分たちなんて……と呟いたのはカズイだ。
 どうやら、彼は自分に対してコンプレックスを持っているらしい。しかし、それを言うならば、キラだって同じ事だ。コーディネイターであろうとナチュラルであろうと、悩むことは同じだと思う。
「ぐだぐだ言ってないの! だからふられるのよ」
 それは禁句だと思うんだけど。誰もがフレイの一言を耳にした瞬間、そう考えてしまう。
「どうせ、俺なんて……」
 予想通りと言うべきか。カズイはうずくまるといきなり床にのの字を書き始めている。いつものパターンから考えれば、これはしばらく使い物にならないな、とも考えてしまう。
「女々しいわね! だから、もてないのよ」
 しかし、そうすればフレイはさらに追い打ちをかけてくれる。
「……フレイ……それは禁句」
 ため息とともにキラが言葉をはき出した。
「だって、見ているといらつくんだもん。こういう状況だから余計に」
 少しは気概があるところを見せなさいよ、彼女はさらに言葉を重ねる。
「フレイ……だから、そういうことはあとにしてね。今は、猫の手でもないよりはましなんだから」
 しかし、とどめは別の場所から飛んできた。
「ミリィ……」
 だから、そういう問題じゃないだろう……とトールとキラがため息を吐いたときだ。
「ハッチが開くぞ」
 背後でこんな騒ぎがあったにもかかわらず――いや、それだからだろうか――冷静に周囲を確認していたサイが言葉を口にする。
「……兄さん達が戻ってきたのかな……」
 だとするならば、外での衝突が終わったと言うことだろう。
 友人達の存在はありがたいが、やはり彼がいてくれるといないとでは気分的に雲泥の差だ。やはり、経験を持っている人間が一番強いと思う。
「……あれって、見たことあるか?」
 しかし、飛び込んできたのは兄が乗っているであろう機体ではない。だが、キラはその機体に見覚えがあった。
「……メビウス・ゼロ?」
「知っているの、キラ」
「……うん……月にいたときに、報道されたから……」
 戦争というわけではない。だが、ザフトと地球軍との間で一番最初の衝突が起きたことがある。その時に、とキラは言外に告げる。
「そうか。キラはヘリオポリスに来る前、月にいたんだっけ」
 ならば、知っていてもおかしくはないのか……とトールは頷いてみせた。
「あの時よね。あたしも、パパのところで見せられたわ」
 自慢げに、とフレイも口にする。
「でも、どうしてそんな機体がこの艦に?」
 周囲の者達の様子から判断をして、イレギュラーな事態なのではないか。そんなことも考えてしまう。
 だが、キラは別のことを考えていた。
 あの機体は乗りこなすのにある特別な資質がいるという話だ――実際、シミュレーション上とはいえカナードは使いこなせなかったし――そのせいで、現在使っているパイロットはほとんどいない、とも聞いた。
 だとするならば、自分が知っている相手なのかもしれない。
 しかし、とキラは心の中で呟く。だからといって期待しすぎてもいけない。それもわかっていた。
「キラ」
 フレイがそっと呼びかけてくる。
「大丈夫だよ、フレイ……何か、ずいぶん損傷しているな、って思っただけ」
 と言うことは、外で行われている戦闘は激しかったのだろうか。そう考えたら不安になっただけ、とキラは付け加える。
「そうね」
 自分たちはこれからどうなるのか。確かに、それが一番不安かもしれない。フレイもそういって頷いてみせる。
 そうしている間にも、メビウス・ゼロは所定の位置に停止をしたらしい。整備クルーが即座に駆け寄っていく。それでも手を付けないのは、まだ中にパイロットがいるからだろうか。
 その様子に、何故か周囲の者達にも緊張が走る。
 フレイだけではなくミリアリアまでもがキラにすり寄ってきていた。ラボであれば、男性陣からからかいの声が飛んでくるのだろうが、そんなことをする余裕も今の彼等にはないらしい。
 やがて、丈夫のハッチが開かれる。そして、中からパイロットが出てきた。
「月面守備隊所属、ムウ・ラ・フラガだ。緊急事態により、貴艦への乗船を申請する」
 ヘルメットを取りながらパイロットはそう告げる。その顔を見た瞬間、キラは泣きそうになった。