「お嬢ちゃん、痛み止めだ……もっとも、ナチュラル用だが……」 こう言いながら、アークエンジェルという名の新造艦の整備主任だという男性――マードックがキラに錠剤を差し出してくる。 「……ありがとうございます……」 それに、キラはこう言い返す。 「お礼なんて、言う必要はないわよ」 だが、そんなキラの行為にフレイがため息混じりに口を開く。 「悪いのは地球軍の方なんだから」 どのような状況だったかはわからない。それでも、銃はもちろんナイフすら持っていない民間人を撃つなんて許されることではないのではないか。彼女はそういいたいらしい。 「そうよ、キラ! 女の子の肌に残るかもしれないケガをさせるなんて、最低だわ」 さらに、普段は大人しいミリアリアまで憤慨している。 「フレイ……それに、ミリィも……」 自分を心配してくれるのは嬉しい。 でも、そのせいで彼女たちがこの場にいる者達から白い目で見られたら……と思うと不安になってしまう。 「否定できねぇな、それは」 しかし、マードックはこう言ってくれる。 「民間人の女の子に、跡が残りかねないケガをさせるのはなぁ。男として失格だろうな」 しかも、足にケガをしているようだし……とため息を吐く。 「本当は医務室か何かに案内する方がいいんだろうが……現在、この艦はごった返しているからな」 しかも殺気立っている。 この状況で何かが起きる可能性は少ないだろうが、ゼロではない。ならば、少しでも彼女たちの安全に気を配れる人間の側にいた方がいいだろう。そういって彼はため息を吐く。 「……あの人――バジルール少尉だったかしら――がいないなら、どこでもいいわ」 自分の感情に素直なフレイが、吐き捨てるようにこういう。 「フレイ」 「……ちょっと言い過ぎ」 小さなため息とともにサイとトールがこう呟いている。カズイにいたっては、既に現実逃避に走っていた。 「あのお人は、生粋の軍人の家系だからな」 どちらかというと技術畑のラミアスとが違う、とマードックは口にしてくれた。 もっとも、そのおかげでこうしていられるわけだが。ラミアスは、コーディネイターであるはずの自分にも、ごく普通に接してくれる。それどころか、細やかな配慮をしてくれるのだ。 もちろん、整備クルーの中にもコーディネイターに偏見を持っているものはいるだろう。 しかし、それ以上にキラが《少女》だと言うことの方が彼等には重要らしいのだ。 そういえば、軍には女性が少ないから……と言っていたのは、一番上の兄だったはず。カナードに相談してからでなければ使えないだろうが、最悪の場合は、彼の名前を使わなければいけないのだろうか。そんなことも考える。 もっとも、ホムラの名前ですら意味を持たなかったのだから、彼の名前もどこまで通用するかはわからないのだが。 「……そう」 不意に、フレイが小さな声で呟く。 「それならそれでいいわ。これ以上キラに何かするなら、あたしも七光り使うもの」 パパに泣きつくから、と彼女はさらに言葉を重ねてきた。 「お嬢ちゃんのお父さん?」 「そうよ! あたしのパパは、大西洋連合の事務次官なの!」 そちらから正式に抗議してもらうから、とフレイは言い切る。 「フレイ……」 「だって、そうでしょう、キラ。キラは民間人だし、あたしのお友達だし……何よりも、外交問題になったとしてもおかしくないことだわ」 戦時中であろうとなかろうと、中立国でしていい事ではない。フレイはそうも付け加えた。 「それはそうなんだけど……」 でも、それをこの場で言っていいのだろうか。そう思う。 「それに関しては、俺が全面的に責任を持つ。体を張ってでも嬢ちゃん達に危害は加えさせないから」 信頼してくれとは言えないが、信用してくれ……と彼は続ける。 彼の表情からはその言葉が嘘だとは思えない。 「……はい……」 それでも信頼しきれないのは、やはり彼が地球軍の軍人だから、だろうか。 「曹長!」 不意に、誰かが彼を呼んだ。 「おう、どうした!」 即座に彼は視線を向ける。 「すみません! ちょっと不具合が……」 この言葉に、彼は『どうしようか』というような表情を作った。 「構わないから、行ってください」 そちらの方を優先してくださって結構です。キラは痛みをこらえながらこう告げる。 「すまないな、嬢ちゃん」 何かあったら声をかけてくれ。そう言い残すと、そのままマードックは声がした方向へとかけていく。その間にも、二つ三つ、周囲に指示を飛ばしていた。 「……これから、俺たち、どうなるのかな……」 それを見送りながら、カズイがこう呟く。 「さぁな……取りあえず、ここで大人しくしているしかないだろう」 いくら彼等でも、自分たちを戦場の中に放り込むことはないだろうとは思うけど……とサイは口にする。 「どちらにしても、今は動けないよ……多分、兄さんが来れば、何かいい方法を教えてくれるかもしれないけど」 「……そうだな」 「それを待つしかないか」 キラの言葉に、誰もが静かに頷いてみせた。 |