「ちょっと付き合って欲しいのだが……今、構わないか?」
 イザークがこう問いかけてくる。
「僕はいいけど……イザーク、お仕事は?」
「大丈夫だ」
 だから誘いに来たのだ。そう付け加えられては拒む理由はない。
「イザークが大丈夫だって言うなら」
 言葉とともにキラは差し出された彼の手を取る。
「でも、どこに行くの?」
 カナード達に伝言を残しておかなくて大丈夫だろうか。ふっと心配になってこう問いかけた。
「内緒、だ」
 大丈夫。ラウとカナードには許可を貰ってある……と彼は珍しく悪戯っ子めいた笑みをその顔に浮かべる。初めて見るその表情がとても魅力的に見えたことは否定しない。
「なら、大丈夫だね」
 後でカナード達に怒られないね、とキラは微笑み返す。
「……それを心配していたのか、キラは……」
 微妙な表情と共にイザークがこう言い返してきた。
「だって、兄さん達に内緒で出かけると後が怖いもん。アスランなんて、昔勝手に僕のことを連れ回して、いすに座れないくらいお尻を叩かれてた」
 あれはすごかった、とキラは視線を彷徨わせる。しかし、すぐに失言だったのではないかと気付いた。
「……俺としては、ちょっと見てみたかったな」
 しかし、イザークはそれをあっさりと流してくれる。どころか、その光景を想像したのか、楽しげな光を瞳に浮かべていた。
「でも、我が身に降りかかるとなると、ごめんだとしか言いようがないか」
 確かに、それならば心配する理由もわかる……と彼は頷いてみせる。
「……それでもあの態度だったとは……少しだけだが見直してやるべきか」
 それとも、本当のバカだったとあきれるべきか……と彼は呟く。それに関しては何とも言えないな、とキラは思う。
「まぁ、いい。同じ轍を踏まなければそれでいいだけのことだ」
 あの腰抜けのことを考えている時間がもったいない。そう口にするとイザークは視線だけでキラを促してきた。それに頷き返せば、彼は歩き出す。
 おそらく、キラの歩調に会わせてくれているのだろう。その歩みはどちらかというとゆったりとしたものだ。
「そう言えば、エザリア様がおいでだってカガリが言っていたけど……」
 本当? とキラは問いかける。
「あぁ。本当だ」
 条約の最終確認に来ている、とイザークは頷いてみせる。
「それが終わったら、キラに会いたい……と言っていたな」
 付き合ってやってくれ……と彼はさらに言葉を重ねた。
「うん。僕も久しぶりにお会いしたいな」
 前にあったときの彼女のイメージしかキラの脳内には浮かんでこない。凛とした雰囲気は、どちらかと言えばサハクのミナに似ている。それでも、二人の母と同じで、暖かで柔らかなものも感じさせた。
 その暖かなものが懐かしいと思うのは《母》という存在を失ってしまったからかもしれない。
「まぁ、まだしばらくかかるだろうが……キラがそういってくれたと言うだけで母上の機嫌が続くだろうからな」
 小さな笑いと共にイザークはそう告げる。
「そうなの?」
「そうだ」
 いずれわかる、という言葉に、キラは小さく頷いてみせた。

 そんな二人の後ろ姿を見送っている視線があった。
「さて……うまくやるかね、あいつは」
 小さな声でディアッカが呟く。
「あれだけ協力したんだ。うまくやって貰わないとやってられないぞ」
 ふられた奴のことも考えればなおさらだ……とミゲルが口にした。
「でも、アスランの場合は自業自得だと思いますが?」
 さりげなくきついセリフを口にしたのは、当然ニコルだ。自分が知らないところで、アスランが何かをしたのか……とディアッカは推測をする。まぁ、あの時の状況を考えればそれも当然なのだろうか。
「だからこそ、キラさんには幸せになって欲しいと思います」
 アスランと一緒にいたときよりもイザークと一緒にいる方が本当に幸せそうに見える。ニコルはこうも付け加えた。
「お互いがお互いの存在を心の支えにして頑張ってきたから、だろうな」
 しかも、二人とも相手を尊重している。
 だからこそ、キラとイザークは似合いの一対なのではないか。
「……本当。俺も、そんな相手と出会いたいよ」
 ミゲルはため息とともにこう告げた。
「それは、みんな同じです」
 特にディアッカはそう考えているのではないか。ニコルがそう言いながら視線を向けてきた。
「俺か?」
 なんでそんなことを言うのかな、とディアッカは言い返す。彼の言動に思い切り嫌なものを感じていた、と言うことも否定はしない。
「だって、貴方がある意味、一番近くであれを見せつけられるんですよ?」
 二人が幸せそうなのはいいが、側でいちゃつかれると辛いのではないか。にっこりと微笑み顔が可愛らしいだけとてもイヤミに聞こえる。
「それはそうだが……俺はキラも気に入っているし、いざとなったら、あてがないわけじゃないからな」
 それはお前だって同じだろう、とミゲルに向かって笑いかけた。
「まぁ、それなりにな」
 問題は、遺伝子の相性だが……と彼は頷く。
「それさえ何とかなれば、もっと自由に恋愛できるんだろうが」
 無理だからなぁ……と呟かれた言葉がものすごく重いものに思える。それでも、それも何とかなるのではないか。オーブから、そんな話が出ているとディアッカは聞いている。
 しかし、今はまだ、それを話すべきではないよな。
 自分もまだ詳しい話を聞いたわけではないし。
 心の中で、彼はそんなことを呟いていた。