車に乗るように促したときにキラは、一瞬だけ驚いたような表情を作った。
 それでも、素直に乗ってくれたのは自分を信頼してくれているからではないか。イザークはそう考えていた。
「……基地の外だと、ずいぶんと自然が残っているんだね」
 流れていく光景を見つめていたキラがこんな呟きを漏らす。
「この光景は美しいからな」
 プラントの人間だって、自然が作り出した光景をめでるから……とイザークは言葉を返した。
「ごめん。そういう意味じゃないの」
 しかし、自分の言葉は少しきつく聞こえたのか。キラは即座に首を横に振る。
「戦火に焼かれなかったんだね、ってそういう意味だったんだ」
 きっと、ジブラルタルの人たちがここで戦わなかったからだね……とそう言いたかっただけ、とキラは続けた。バナディーヤは所々に戦争の痕跡が見られたから、と言われて取りあえず納得をする。
「そうか。確かに、そうかもしれないな」
 だからこそ、キラを連れだしたのだが……とイザークは笑みを作った。
「ここは、これからも傷つけられることはない。それだけは事実だな」
 流石に誰彼に開放はできないが、いずれは軍人達が自分の家族を連れてくるようになるのかもしれない。そうなればよいのだが、と心の中で付け加えた。
「それがいいね」
 本当に綺麗だから……とキラも頷く。
「ずっと残って欲しいもの」
 ここだけではなく他の場所の自然も……と彼女はさらに言葉を重ねた。
「確かに、な。大丈夫だろう。少なくとも地球軍はしばらく動けないだろうし、プラントとオーブは友好関係にあるからな」
 戦争をする理由が今はない。
 戦いが起こらなければ、ここだけではなく全ての自然が少なくとも戦火からは守られるはずだ。
 イザークのこの言葉に、キラも頷いてみせる。
「だから、お前が望むのなら、いくらでも見せてやる」
 自分が、とイザークは笑う。
「取りあえずはこれからの光景か」
 さらに付け加えながら、アクセルを踏み込む。
「イザーク?」
 キラの視線が自分に向けられている。それを感じながらイザークはステアリングをコントロールをした。
 さほど時間がかからずに目的地へとたどり着く。
 そこは一面の花畑だった。人の手が入らずとも、自然はこのように美しい光景を作り出せるのだ、とイザークは初めて知った。
 キラはどうだろうか。
「……凄い……」
 しかし、それはどうでもいいことかもしれない。
 キラの視線は目の前の光景に惹きつけられていた。
「本当は、両手いっぱいの花束でも贈ろうかと思っていたんだが……それよりは、こちらの方がいいかな、と教えて貰ったんだ」
 これならば、枯れない。
 見たくなれば、その季節に足を運べばいいだろう。
 そう教えてくれた同僚に取りあえず感謝しておくか……と心の中で付け加える。
「イザーク?」
 急にどうしたの? とキラが不思議そうに視線を向けてきた。
「キラ……」
 そんな彼女に真剣な眼差しを向ける。そのまま、ポケットから小さな小箱を取り出した。
「昔渡した指輪は、サイズが合わなくなっただろう?」
 緊張に声が震える。
「だから、これを受け取ってくれないか?」
 蓋を開けながら、そうっと彼女の前にそれを差し出した。
「……イザーク?」
 キラの声が震えている。それはどういう意味だろうか。それがわからない。
「改めて言う。俺と結婚してくれ」
 ずっと側にいてくれ、とそう言葉を重ねる。
「……僕で、いいの?」
「お前以外の人間と結婚する気はない」
 今までも、そしてこれからも……とイザークは言いきった。
「僕も……イザーク以外の人と結婚したくないな」
 キラは微笑みと共にこう言ってくれる。
 そんな彼女の指にイザークはそうっと指輪をはめてやる。
「好きだ、キラ」
 アイしている、とそのまま顔を寄せていく。キラはそれにそうっと目を閉じることで答えを返した。

 戦争が終結して半年後、オーブで一つの結婚式が行われていた。
「マリューさん、綺麗だよね」
 キラは照れまくっている義兄の隣で幸せそうな笑みを浮かべている女性を見つめながらこんな呟きを漏らす。
「何言ってんの。次はあんたでしょ?」
 そんな彼女に向けて、フレイが笑いながらこう言ってきた。
「お迎えが来たから、プラントに行くって?」
 さらにミリアリアが問いかける。
「うん。ラウ兄さんも時間が作れるようになったし、何よりもエザリア様が『早く来い』っておっしゃるから」
 あちらのカレッジに編入できることになったし、とキラは付け加える。
「カガリのことはムウ兄さんに任せておけばいいって、カナード兄さんも言っていたから」
 だから、二人で向こうに行くことにしたのだ。
「二人と会えなくなるのは少し寂しいけど、でも、通信はできるって言うし、メールは自由に送れるようになったから」
 だから、相談したいことがあったらメールを送ってもいい? とキラは小首をかしげた。
「当たり前でしょ!」
「どこにいても、友達は友達だわ」
 二人がこう言ってキラに抱きつこうとしたときだ。
「キラ!」
 ムウの声が彼女たちの耳に届く。
 視線を向ければ、ムウとマリューが何かを彼女に向けて放り投げたのがわかる。反射的にそれを受け止めれば、それがブーケだとわかった。
「次はお前の番だから、な」
 だから、幸せのお裾分けだ。そういう彼に向かって、キラは満面の笑みを返した。
 その表情のまま、そうっと振り向く。そうすれば、自分を見つめてくれているアクアマリンの瞳が確認できる。
「うん。絶対に幸せになるよ」
 その彼の視線に後押しをされるように、キラはこう言い返した。