その間にももちろん、終戦への話し合いは進められていた。
 ようやく、条約締結場所も決まったらしい。
「……そろそろ、オーブに帰れるか」
 ほっとしたような表情でカガリがこう言ってくる。
「そうだね……」
 と言うことは、イザークと離れなければいけないと言うことだろう。それが少し寂しい、とキラは心の中で付け加える。
 彼はすぐに迎えに来てくれると言ってはいた。
 でも、すぐに顔を見られなくなるというのはやはり寂しい。
「……写真でも撮らせてもらおうかな」
 そうすれば、少なくとも見たいときに彼の顔を見ることができるし。話はできないし触れられないが、しばらくそれで我慢しなければいけないだろうな、とそうも思う。
「……キラ……」
 小さなため息が耳のすぐ側で聞こえる。
「だって、カガリ……」
「まぁ、気持ちはわからないでもないが……」
 帰れば帰ったで厄介ごとが待っているだろうし、と彼女はまたため息を吐く。
「……あれ?」
「あぁ。あれだ」
 どうやら、なりふり構っていられないらしい、とカガリは乾いた笑いを漏らす。
「なんせ、ミナさまにまで求婚したらしいからな」
 その言葉に、キラも苦笑しか返せない。
「……無謀……」
「だよな。もっとも、その場でギナさまにのされたらしいが」
 せめて、カナード兄さんクラスでないと大切な姉を渡せないと言っているという話だし、と彼女は付け加える。
「それはそれで、絶対にあり得ないような……」
 必要ならば考えもするだろうが、あの二人はどちらかというと戦友という感じだし、とキラは口にした。
「そうだよな。二人とも、まだまだその気にはならないようだし」
 ミナにいたっては『夫など煩わしい』と言ってはばからないそうだ。子供であれば、適当な相手から遺伝子だけ貰って一人で産むと宣言もしているらしい。
「そうなると、後適当な存在……と連中が考えるのはお前だけなんだよ、本気で」
 もちろん、そんなことを許すつもりはないが、せっぱ詰まっている連中は何をするかわからないからな、とも付け加える。
「だから、お父様もこちらに来るし……いっそ、この場でお前とあいつの婚約を発表してしまおうか、と言うことになっている」
 それでも文句を言う奴は言うだろうが、とカガリはため息を吐く。
「でも、いいの?」
 そのような場所での婚約発表となれば、個人だけのことではすまないのではないか。まして、自分は名前だけとはいえアスハの一族と言うことになっているのだし、とキラは問いかける。
「構わないさ。お父様もそのつもりだ」
 アスハとしては、プラントとの関係をもう少し親密なものにしたいと考えている。特に、技術関係での交流を盛んにしたいのだ、と。
「それでなくても、お前はあいつと結婚したいんだろう?」
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせる。
「なら、あれこれ考えるな。むずかしいことはお父様達が解決してくださる」
 キラは幸せになることだけを考えていればいいんだ、とカガリは笑う。
「でも……」
「いいんだよ。お前は幸せにならなければいけないんだって」
 それだけのことをしたんだから、と言われてもキラは納得していいものかどうか悩む。
「この平和は、お前のおかげだからな」
 だから、胸を張れ……と言う彼女の表情からは嘘は感じられない。
「……うん……」
 少なくとも、彼女や兄たちは自分の幸せを願ってくれている。それだけは信じようと思うキラだった。

 同じ頃、イザークはいきなり現れた母の姿に凍り付いていた。
「……母上……」
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。そう判断をして、何とか呼びかける。
「何故、こちらに?」
「オーブの代表との会談のためです」
 イザークの問いかけにエザリアは微笑む。
「同時に、個人的な話し合いも行いたいと言うことで、私がこちらに足を運んだのですよ」
 言外に、キラとのことをウズミやホムラと話し合うのだ、と彼女は続ける。
「母上、それは!」
「大切な宝物をいただくのです。アスハの意向も聞いておかなければいけません」
 結婚式にしても、その前の儀礼にしても……と言われて、イザークは逆に心配になってきた。
「それは構いませんが……他の議員の方々がそれでよしとされたのですか?」
 半ば私用ではないか。そう思いながら問いかける。
「まぁ、ザラは多少文句を言いましたが、相手がキラちゃんである以上、おおっぴらに反対できませんでしたわ」
 キラがこの戦いを終結させるきっかけを作ったことは誰もが知っていることだ。
 その彼女とイザークが相思相愛の関係である以上、反対をするわけにはいかない。いや、むしろ祝福をしなければいけないだろう。その考えの方が最高評議会の中では優勢だったのだ。
「キラちゃんの義理の兄がクルーゼ隊長だと言うことも、大きな理由になったかもしれませんね」
 終戦を迎えたとはいえ、ブルーコスモスがキラの身柄を害そうとする可能性は否定できないのだ。だから、できれば少しでも早くプラントに連れて行きたい。そうまで彼女は付け加える。
「それよりも、貴方には早急にしてもらわなければいけないことがあります」
 エザリアはそう言いながら、手にしていたバッグをイザークに差し出してきた。
「本来であればデザインの段階で貴方に決めて貰おうと思ったのですが、このような状況ですから、キラちゃんのサイズで作らせました」
 宝飾品はいくつあっても構わないだろう。だから、と彼女は付け加えた。
「そうですね」
 彼女の言葉にイザークも頷き返す。
「貴方がよいと思うものを選びなさい」
 自分は、これから会議だ……とエザリアは微笑む。
「よいですね? きちんとキラちゃんにプロポーズをしてくるのですよ?」
 さらに念を押す彼女に、イザークは苦笑を禁じ得なかった。