人は変わっていくものだ。
 だから、昔のような関係に戻ろうと思っても戻れない。
 何よりも、自分はアスランの言葉を許せないから……とキラは告げた。
「アスランがそんな風になったのがぼくのせいだ……と言うなら、やっぱり、僕たちは離れていた方がいいんじゃないかな?」
 少なくとも、お互いにお互いのことを冷静に考えられるようになるまで……と彼女は続けた。
「キラ!」
 そんなセリフを聞きたくて、自分は彼女を呼び出したわけじゃない。
「アスランのことを大切に思ってくれている人たちが、絶対にいるよ? 僕が側にいると、アスランにはそれが見えなくなると思う」
 それではアスランが幸せになれないだろうから、という言葉の裏に、キラが自分を心配する気持ちが隠れているのはわかった。
 しかし、とアスランが思う。
「俺の幸せは、キラが側にいてくれることなのに……」
 それなのに、キラは自分から離れていこうとする。いや、既に離れていっているのではないか。
「それはアスランの思いこみだよ」
 きっぱりとした口調でキラはアスランの呟きを否定する。
「キラ!」
「……僕とアスランの道は、今までに一度も交わったことがないんだ。多分、近くで並んでいただけだよ」
 あまりにも近すぎたから逆にそれがわからなかったんだ、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「そんなことは、ない!」
 あれだけ一緒にいたのだ。だから、キラが言うように交わらなかったなどとは思えない。
「……僕にとってアスランは、どうしても友人以上、兄弟未満という地位から動かないんだよ」
 アスランが望むような関係は何があっても築くことはできない、とキラは最後通牒を突きつけてくる。
「キラ……」
「だから、アスランがそう考えているうちは、側にいるのが僕が辛いんだ……」
 ここまで言われるなんて、とアスランは思考が停止してしまう。
「だから、ごめん」
 自分とゆっくりと話をすればキラは必ず自分の元へ帰ってきてくれる。そう思っていたのに、こんな結末になるなんて予想もしていなかった。
 冷静に言われてしまえばどうにもならない。
 キラが一度決めたことは絶対にあきらめないと言うこともよくわかっていた。
 それでも、だ。
「俺には、キラを諦められない……」
 キラがいない人生なんて、今までに一度も考えたことがない。
 離れ離れになっていた三年間も、キラといつか会えるという希望があったからこそ我慢できていたのに。
「……未練がましい男はみっともないですわよ」
 ため息とともにラクスがこう言ってくる。
「そうだな。男ならきっぱりと割り切って『君の幸せを影ながら祈っているよ』ぐらい言わないとな」
 今まで黙っていた反動だろうか。ミゲルも喜々として口を挟んできた。
「キラさんがどれだけイザークをお好きなのか、見ていれば十分にわかりますしね」
 その間に割り込もうというのは無謀の一言だ、とニコルにまで言われてしまう。
「……お前達に何がわかる!」
 自分にとってキラがどのような存在なのか。
「お前じゃないからわからないのは当然だろう。でも、このままだとキラちゃんが不幸になるって言うのだけはわかるな」
 好きな相手がいるのに、御邪魔虫がうろついていては変な噂が立ちかねない。そうなれば、どうなるのか。簡単に想像できるだろう……とミゲルは口にする。
「ですよね」
 未練がましい男に好かれること自体が不幸の始まりだと、この事だけでわかると思いますが? とニコルも頷いてみせた。
「キラさま。そう言うことですから、ここは男性陣に任せて私たちは退出しましょう」
 アスランもキラの気持ちがわかったはずだ。後は本人の問題だろう、とラクスがキラに笑顔を向けている。
「ラクス!」
「それとも、アスランはこれ以上、みなさまにぼこぼこにされる自分の姿をキラさまに見せたいのですか?」
 それならばそれでも構いませんが? とラクスは笑顔でとんでもないセリフを口にしてくれた。
「キラさま。アスラン達は男同士の話があるそうですの」
「……うん」
 しかも、自分の言葉を待たずに彼女は行動を開始する。キラの腕を取るとそのまま歩き出したのだ。
「カナード様も、アスランに何かおっしゃりたいことがあればどうぞ」
 キラのことは自分が責任を持って連れて行くから……と彼女は付け加える。
「いや、いい。そちらに任せた方が良さそうだ」
 自分が下手に口を出すと、どこまで行くかわからないからな……と彼は笑う。
「ただ、そうだな……お前の幸せとキラの幸せがイコールではない。それだけは認識しておけ」
 自分たちにとってはイコールだが、とカナードは付け加えた。
「兄さん」
「気にするな。ちゃんと自分たちの幸せも探すさ。ムウ兄さんのようにな」
 その年代になったら……と微笑みながら、カナードは促すようにキラの背中を押す。
 二人の行動に導かれるまだキラはアスランの前から去っていく。
「……キラ……」
 反射的にアスランはその背中に向かって手を差し伸べる。
「アスラン、諦めてください」
「やけ酒なら付き合ってやるから」
 その手を、左右から伸びてきた仲間達のそれがそっと抑えた。
「こう言うときはぱーっとやって振り切るのが一番だって」
 ミゲルはそう言って笑う。
「飲んでつぶれちまえよ」
 そうすれば、きっと忘れられるから。そう言われてもすぐには頷けない。それでも、そう言ってもらえるだけましなのだろうか。
 アスランは初めて仲間達の存在を認識したような気がしていた。