「……母上……ですから!」
 そのころ、イザークは通信用のモニターに映ったエザリアに向かって必死に反論を繰り広げていた。
「キラは大丈夫です。ですが、こちらはまだ混乱をしていますから」
 エザリアが来るとさらに混乱が広がる。そのせいで彼女を危険にさらすようなことになったらまずいのではないか、とそうも付け加える。
「……それは残念ですね……」
 エザリアにしても、自分のせいでキラを危険にさらすことはしたくないのだろう。
「今回は妥協しておきます」
 予想よりもあっさりと引き下がった。その事実が別の意味で恐ろしいと思うのは、自分が彼女の息子だから、だろう。
「だから、後でキラちゃんと会話させなさい」
 さらに、彼女の口から出された条件が不安を煽る。
「母上……」
 彼女がキラを傷つけることはない。しかし、何かとんでもない事態を引き起こす可能性は否定できないのだ。
「母を疑うのですか?」
 さすがは母、と言うべきか。表情に出したつもりがない内心をしっかりと読み取ってくれたらしい。
「そういうわけではありません、母上」
 ただ、とイザークは口を開く。
「環境が代わったことと、いつも側にいた者達が、現在、後始末その他で側にいないせいで、キラがふさぎ込んでいるので」
 そんなキラをエザリアと会わせたら疲れてしまうのではないか。そう思ったのだ、と続ける。
「……やはり、私がそちらに向かうべきなのか……でなければ、キラちゃんをこちらに呼び寄せたいところですね」
 そうすれば、自分が目を光らせていられるのに……と彼女は口にした。
「それこそ、オーブとの関係を考えてからおっしゃってください」
 あのカガリの様子を考えれば、前者はともかく、後者に関してはとんでもない報復に出てくれそうだ。
「キラと結婚するのであれば、やはり正式な手順を踏んで、誰からも文句を言わせないようにしたいと思います」
 そういえば、指輪もまだ渡していなかったか。昔渡した指輪はまだキラの胸元にあるが、それでは不十分だろう。
「……母上」
 本来であれば自分で選べばいいのだろうが、と思いながらもイザークはエザリアを見つめる。
「キラに渡す指輪をいくつか選んで頂けますか? 私の給料で買える値段のもので」
 ジュールの息子としてではなく、キラを愛しているイザーク個人として彼女に渡したいのだ。そうも付け加える。
「わかりました。それならば、私も役に立って上げられますね」
 母に任せておきなさい、とエザリアは微笑む。
「それでも、使いたい宝石ぐらいは教えなさい」
 でなければ、本当に意味がないだろう……と彼女は付け加える。
「そうですね……」
 キラであればどのような宝石でも似合うような気がするが……とイザークは心の中で呟く。
「サファイアのグラデーションで……と言うのは可能でしょうか」
 普通、サファイアと言えば青玉と言われるように濃紺や青紫のものが最上と言われている。しかし、その色味はものすごく豊富だ。
「……貴方とキラちゃんの瞳の色の間で? パパラチアをメインにして、その周囲に散らしてもいいわね」
 キラの肌の色に、あの色は映えそうだ。エザリアはそういって笑みを深めた。
「そうですね。それがよいかもしれません」
「わかりました。まずはデザインをいくつか考えさせましょう。その中で、お前が気に入ったものを選びなさい」
 そうは言いながらも、エザリアは本気で楽しそうだ。そういえば、キラを着飾らせ違っていたな、とそうも思い出す。
「お願いします」
 ついでに、この状況であれば指輪ができあがるまでの間は彼女は他のことに目を向けている暇はないだろう。他の者達にとってもよかったのではないか。そう思ってしまうイザークだった。

 オーブが中に入ってプラントと地球連合に終戦条約の締結をさせる。
 それは既に決まっているが、問題は場所だ。
「……月は、既に地球軍の第二の本拠地のようなものだしな……」
 プラント側が納得しないだろう。そういってカガリはため息を吐く。
「かといって、プラントでは地球連合の方がいやがるだろうな」
 それ以前に、入れてもらえない可能性の方が高い……とムウも頷いてみせた。
「これさえ決まれば、後はさっさと進むんだろうが」
 ついでに、キラをさっさとこの地から引き離すことができる。いずれはプラントに行かせなければならないとわかってはいるが、せめて今ぐらいは手元に置いておきたいのだ。
 その時間を少しでも長くするためには、早々にオーブに戻るのが一番だ……とカガリは信じていた。
 そんな彼女たちの耳にノックの音が届く。
「どうぞ」
 そう口にしながら先に動いたのはムウだ。
「コーヒー淹れてきたんだけど、飲む?」
 バルトフェルドさんから豆をわけて貰ったから……と口にしながらキラがドアのすきまから顔を出した。
「……砂漠の虎さん、からか」
「大丈夫。ブレンドしてないのだって」
 アイシャさんが持ってきてくれたから嘘ではないと思う……とキラは微笑みながら付け加える。それにムウもほっとしたような表情を作った。
「それならもらうが……どうかしたのか?」
 部屋にいたんじゃないのか、とムウは彼女の髪を撫でている。
「暇だったし……カナード兄さんとレイがラウ兄さんの方に行ったから」
 ここの方がいいだろう、と今、連れてきて貰ったのだ……と彼女は言葉を返してきた。
「ともかく、入れ」
 彼らがそう判断をしたのであればそれでいい。何より、キラの顔を見ていればいいアイディアが出てくるかもしれないかと思いながらカガリは彼女を招き入れる。
「……しっかりと、カガリの部屋だね、ここ」
 借りている場所なのに、とキラが周囲を見回しながら小さなため息を吐く。
「いいだろう。出るときにはきちんと片づける」
 この方が落ち着くんだ! とカガリは言い返した。
「いいけど、ね」
 好きにすれば……と言いながら、キラはそのまま簡易キッチンの方へと歩いていく。
「ムウ兄さん」
 そういえば、とそのまま話題を変えようと彼女は口を開いた。
「何だ?」
「マリューさんとは連絡取ったの?」
 逃げられても知らないよ……と笑いながら付け加える。
「お前なぁ……自分たちがラブラブだからって、そういうことを言うか?」
「いいじゃない。僕、マリューさん好きだもん」
 キラとムウの会話に心が和む。
「大丈夫だ。ちゃんとわかってくれているから」
 それよりも、お前とフレイを無事に連れて帰ってこいと言われている……とどこか照れたような口調で告げるムウに、キラも微笑み返す。
 その表情を独り占めするためにも目の前の懸案を片づけるか。
 カガリは取りあえず意識をそちらに向けた。