「お前、何やっているんだ!」
 見ていていらいらする! という言葉とともに、背中を蹴飛ばされた。
「……ミゲル……」
 何をするんだ、とアスランは相手をにらみつける。
「だったら、もっときちんと仕事をしやがれ!」
 何、たらたらやっているんだよ! と言われて、思わず唇を噛んだ。確かに、自分でもそうかもしれないという自覚はあったのだ。だが、それもしかたがないだろう、とそう思う。
「俺は、一生懸命やっている……」
 ただ、頑張ろうとする気持ちがとぎれてしまっただけだ。
 本音を言えば、最低限の仕事すらしたくはない。しかし《ザラの嫡男》という立場が任務を投げ出すことを許してくれないのだ。
 一番きらいな立場が、今の自分のよりどころになっているなんて。
 だが、それだからこそ、自分はキラの側に寄ることができないのか。
「……頑張ったところで、認めて欲しい人はいないからな……」
 キラのためならば、いくらでも頑張れた。
 しかし、彼女を手に入れることはもうできない。
 ならば、最低限の義務を果たすだけでいいではないか。ミスはしていないのだし、とそう言い返す。
「アスラン、お前なぁ!」
 何なんだ、それは! とミゲルが怒鳴り返してくる。
「どのみち、お前を含めた連中が俺に抱いている印象は最悪だろう? 今更、どうしたって取り繕えないだろうしな」
 特に、クルーゼのそれは、だ。
 間違いなく、今回の後始末が終わって本国へ戻れば自分は他の隊へと移動させられるだろう。
 そこで完全にキラとの関係が切れる。
 だからといって、彼女に対する気持ちが振り切れるか……と言えばむずかしい。いや、不可能だと言っていいとわかっていた。
 自分無条件で愛情や好意を向けてくれていた人間は母とキラ、そしてキラの母だけだと信じていた。
 しかし、その母ですら自分を道具として利用していたとこの前知ってしまった。
 キラの母は、自分がキラの友人でなければ決して愛情を注いでくれなかっただろう。
 そう考えれば、アスラン・ザラという存在をただの《アスラン》として好きになってくれたのはキラだけかもしれない。
 だが、彼女の心には既に別の人間が住んでいた。
 それ以前に、自分は彼女に真実を教えるには値しない人間と思われていたのではないか。
 そう考えた瞬間、自分の足元が一気に崩れてしまったような気がした。
 自分は今まで、何のために頑張ってきたのか。
 そう考えた瞬間、全てが馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。
「……あきれますね、その言いぐさ」
 不意に、第三者の声が割り込んでくる。
「ニコル」
 いったい何をしに来たのか、とアスランは思う。
「その前に、貴方がキラさんの側にいたとき、何をしたのかを思い出す方が先ではありませんか?」
 アスランの声に含まれた不機嫌さにも気付かずに彼はこんなセリフを口にしてくる。
「何が言いたい?」
 こうなれば、直接聞くしかない。
 そう判断をして、アスランは視線を向けた。
「キラさんと友達になりたい人達を排除していたそうですね。かなり陰険なやり口で」
 ちなみに、これはカナードさんから聞きましたから……と彼は付け加える。しっかりとその時の証拠も彼は握っている、とも。
「それをキラさんに言われなかっただけ、ましですよね」
 少なくとも、キラはアスランが悪いと思っていない。それどころか、自分が全部悪かったのだ……と今でも信じているそうだ。ニコルはそうも付け加える。
「それのどこが悪い」
 キラに側にいて貰うために努力をしていただけだろう。
 あのくらいのことで引き下がった奴の方がバカなのではないか。
 アスランはそう言い返す。
「……キラに余計な不安を与えてしまったことだけは悪かったと思うが……俺の妨害ぐらいで引き下がるようなら、いずれキラから離れていったに決まっている」
 不本意だが、あのナチュラルの女はその点に関しては認めてもいいと思う。
「女にできることが、いくら子供だからといって男にできなかったんだぞ」
 そんな連中に情けをかける必要はない。
「……お前な……ザラの名前がどれだけ重いものなのか、わかってないだろう」
 あきれたようにミゲルが呟く。
「その名前のせいで、俺は二度とキラの側に近づけない。もっとも、結局、俺の手の中に残ったのはそれだけだがな」
 まぁ、その名前に恥じないだけのことは最低限するさ。だから、しばらく放っておけ……とアスランは笑う。
「……それで、キラさんにまた心配をかけるわけですか?」
 少なくとも、今のままであればアスランの様子がいずれはキラの耳に届くだろう。それでもいいのか、とニコルが口にする。
「僕としては、早々にキラさんが忘れて頂いた方がいいと思うのですが……でも、キラさんにとって、アスランは今でも《友達》なのだそうですよ」
 そのあたりで妥協すれば、全てが丸く収まるのに……と彼はため息を吐く。
「無理無理。こいつ、お子様だからな」
 いったいどういう意味だ、とアスランは思う。
「ですよね。欲しいものは欲しい。他人にやるくらいなら壊した方がいい……とまでいいそうですしね」
 だからこそ、こんな状況になってしまったのだろうが。真実とはわかっていても、何故かニコルに言われるときつい。
「だよな」
 まぁ、放っておけばいいんだろうが……鬱陶しいのは我慢できないのだ。ミゲルは頷いている。
「少しは大人になってください」
 そうすれば、キラの笑顔は独り占めできなくても向けてもらえるようになるのではないか。そうも言ってくる。
「わかっている」
 それでも、まだ割り切れないのだ。
 アスランは心の中でそう呟くと唇をかみしめた。