ジブラルタルは、ザフトの地球基地の中で一番大きいからだろうか。バナディーヤのような親密な空気はない。
 だからといって、阻害されているわけでもないが……やはり、どこか、居心地が悪いとキラは思う。
「……すまないな、キラ」
 しかも、今までのようにイザークが側にいてくれることも少なくなってしまった。
 それはしかたがないことだとはわかっている。
 いや、彼だけではなく他の者達もあれこれ走り回っていた。特に暴走しがちがカガリのフォローでムウとカナードがあちらこちらに飛び回っているのは見ていて大丈夫かと言いたくなる。
 それでも、とキラは視線を落とした。
「わかっているけど……寂しい……」
 今まですぐ側にいてくれた人が離れていってしまったから、そう感じるのだろうか。だからといって、彼の邪魔をするわけにはいかない。だから、とわかっていても、こんなセリフがぽろりとこぼれ落ちてしまった。
「フレイも、何か忙しいみたいだし……」
 彼女の父親から、あれこれ連絡が入ってくるらしい。
 それを本人がどう思っているのか。フレイが教えてくれないのが辛い。
 話を聞くことしかできないけれど、それでも……と心の中で付け加えてしまう。
「僕だけ、何もすることがないんだよね」
 せめてラウの世話ぐらいなら……とも思っていたのだが、彼はもうしっかりと任務に戻ってしまっている。レイはレイで、プラントでお世話になっている人との打ち合わせがあると言って席を外しているし。
 他に何かできることはないかと思っても、誰もが『キラは何もしなくていいから』と言ってくるのだ。
「せめて、誰か側にいてくれたらいいのに」
 そうしたら、こんな疎外感は感じなくてすむんではないか。キラがため息とともに言葉をはき出したときだ。
「あらあら」
 柔らかな声が耳に届く。それが誰のものかは確認しなくてもわかっていた。
「ラクス、いいの?」
 ここに来て、と視線を向けながらキラが問いかける。
「大丈夫ですわ。今日の分の仕事は終わらせてきましたもの」
 だから、久々にキラとゆっくり話をしようと思ったのだ……と彼女は微笑む。
「それに、キラさまは『何もすることがない』ではありませんわ。一番重要なことをしてくださいましたから、今はおやすみ頂きたいだけです」
 そして、これから一番大変なことが待っていますわよ……と彼女は意味ありげな言葉を口にした。
「大変なこと?」
 何だろう、とキラは首をかしげる。
「エザリア様がこちらに来ると頑張っていらっしゃるそうですわ」
 この状況で最高評議会議員の一人である彼女に抜けられるのは困る……と父が嘆いていた、微苦笑を浮かべながらラクスは教えてくれる。
「エザリア様って、凄いんだね」
 誰からも必要とされているんだ、とキラは感心したように口にした。
「そうですわね」
 でも、とラクスは微笑みを深める。
「キラさまは誰もできなかったことをおやりになりましたのよ?」
 こうして戦争を終わらせるための会談の場を設ける話し合いができるようになったのも、キラがあの時、自分たちに勝利を与えてくれたからだ。ラクスはそうも付け加える。
「僕は……もう、これ以上みんなに傷ついて欲しくなかっただけで……」
 戦争を終わらせようなんて事を考えていたわけではない、とキラは言い返す。
「それでも、ですわ」
 結果として戦争が終わっただろう……言うことは否定するつもりもない。それで喜んでいる人々がたくさんいることも知っているからだ。
「イザーク様がお忙しいのは、それも関係しておりますのよ?」
 それが耳に入ったからこそ、エザリアがこちらに来ると言い出したのかもしれないが……とラクスは今気が付いたかのように口にする。
「……ラクス?」
「大丈夫ですわ、キラさま。キラさまにイザーク様の他にクルーゼ隊長という無敵の保護者がいらっしゃいますもの」
 それに、バルトフェルドもこの件に関してはラウと共同戦線を張っている。それに、イザークの同僚達も、だ。その言葉の意味がキラには今ひとつわからない。
「ねぇ、ラクス。本当に何のこと?」
 意味がわからないんだけど、と聞き返す。
「要するに、キラさまと個人的に親しくなりたい方がたくさんいるだけですわ」
 その中に、アスランほどではないもののバカはいる。
 もっとも、その程度のバカはラウやバルトフェルドににらみつけられれば大人しく引き下がるが……と彼女は顔をしかめた。
「取りあえず、わたくしはしばらく時間が取れますから、その間はできるだけキラの側にいますわ」
 他の者達も、もう少しで時間が取れるようになるはずだし……と言われて、キラは申し訳ない気持ちになる。
「僕は……」
「気になさらないでくださいませ。私たちはお友達でしょう?」
 友達のためであれば、その程度のことは当然のことだ。キラだって、自分がそのような状況に陥ったら、同じように側にてくれるだろう、と問いかけてくる。
「そのくらいしか、僕にはできないけど……」
 自分の専門であるプログラムならともかく、その他のことは……とキラは頷き返す。
「でしょう?」
 だから、他の者達が一緒にいられないなら自分がその役目を担うだけだ……とラクスはまた微笑む。
「それよりも、キラさま。少しお散歩をされませんか?」
 部屋の中ばかりにいるのはあきただろう、とその表情のまま彼女は言葉を重ねる。
「でも、いいの?」
「構いませんわ」
 敷地内にもショッピングモールのような場所があるから……と言うセリフに、キラは抗いがたい魅力を感じてしまった。