バナディーヤに戻るまで、結局キラはアスランと顔を合わせることはなかった。
 それがどうしてなのか。
 問いかけたくても、誰も彼もが忙しいようで声をかけるのもはばかられる。それどころか、下手に部屋の外に出るのも申し訳ないくらいだった。
 バナディーヤに戻ったからと言って、それが変わったわけではない。
「……僕たち、今は本当に御邪魔虫だよね……」
 ある意味、と小さな声でため息を吐く。
「何言ってんのよ、キラ」
 それは自分の方だろう、と言い返してくる。しかし、その間も彼女は、消毒された包帯を綺麗に巻き取っていた。こんなものでも、いざというときのために補完しておくのか、と今更ながらに戦場の大変さを認識してしまう。
 既に、その大勢は決している、というのに、だ。
 彼らが何を心配しているかもわかっている。だから、原因となる人物をより警備の厳しい場所へと移動させようとなっているそうだ。
「キラが一番活躍したのよ?」
 フレイがあきれたようにこう言ってきた。
「キラのおかげで被害が少なかったって、アイシャさんが言っていたわ」
 忙しい人たちの中でも、彼女は比較的時間を作りやすいのだろう。よく顔を見せてくれている。それがフレイにとって気分転換になっていることもわかっていた。
「……どうしてそんなことを言い出したのか、今でもよくわからないんだけどね」
 自分でも、とキラは苦笑と共に言い返す。
 もちろん、自分が何をしたかはきちんと思えている。でも、どうしてそうしようと思ったのかが理解できないのだ。
「……半分はあたしのせいみたいだわね」
 キラを落ち着かせようと紅茶にブランデーを落としたのがまずかったとは思わなかった。フレイは小さなため息とともにこう告げる。
「ヘリオポリスにいた頃はよくやってたから、気にもしなかったわ」
「それは僕だって同じだよ」
 まさか、その――探知機でも検知できないほど――少量のアルコールとレイが出してくれた薬の飲みあわせでそういう副作用が出るとは、誰も考えなかったに決まっている。
「僕が、そんな特異体質だったなんて……」
 自分でも知らなかった、とキラはため息を吐く。そのせいで、周囲の者達に多大な迷惑をかけてしまったではないか、とも。
「その迷惑が迷惑じゃないからいいわよ」
 取りあえず、大規模な戦闘は終わっている。だから、ほとんどの地域では平和が訪れているはずだ……とフレイは言ってくれた。でも、それは言いすぎではないだろうか。
「だって……僕はイザークも兄さん達も、死んで欲しくなかっただけだもん……」
 確かに戦争はきらいだしなくなって欲しかったが、今回のことはたまたまではないか。キラはそう思う。
「だからこそ、うまくいったんじゃないの?」
 あれこれ考えなかったからこそ、とフレイは笑った。
「欲張った人間は、みんな失敗しているじゃない」
 そういわれてみればそうなのだろうか。
「それよりも……オーブに帰らなきゃないのかしら」
 ふっとフレイが話題を変えてくる。
「フレイ?」
「オーブに戻れるのは嬉しいわよ。ミリィ達とも会えるもの」
 でも、と彼女は言葉を重ねた。
「ラクスさんと別れるのはちょっと寂しいし……キラだって、あいつと離れるのは不安でしょ?」
 それが誰のことを指しているのか、わかってしまう。
「うん。でも、すぐに迎えに来てくれるって言っていたから……」
 ムウとカナードは一緒に来てくれるし、とも付け加える。それに、イザークも毎日連絡をしてくれると言ってくれたから、と言って微笑んだ。
「だから、我慢できると思う」
 次の瞬間、フレイが笑みを微妙なものへと変化させる。
「フレイ?」
「はいはい、ごちそうさま」
 聞いた自分がバカだったわ……と彼女は続けた。
「何言っているの。フレイだって、サイといるときはそうだったよ?」
 特に正式に婚約が決まった後は、とキラは言い返してやる。
「そうだった?」
「うん」
 頷いてみせれば、フレイは「気付かなかったわ……」と呟く。
「見ていて微笑ましいね、とミリィと言っていたんだ」
 サイはサイで、フレイといるとちょこちょこミスをしていたし……とそ言うも付け加える。だから、そういうものなんだよね……とキラは首をかしげてみせた。
「まぁ、お互いだけしか目に入らないって言う状況に近かったし」
 それでも、キラのことは何故か気になったのだ……と彼女は付け加えた。
「僕って、そんなに変だった?」
 そのせいだろうか、と思ってキラは聞き返す。
「じゃないわ。なんて言えばいいのか……取りあえず、目が惹きつけられたの」
 イザークはともかく、他のザフトの者達がキラに親切にしてくれているのと同じ心境ではないのか。フレイはそうも付け加える。
「あれはラウ兄さんが隊長だから、じゃないのかな?」
 ディアッカにいたってはイザークの親友だし……キラは言い返す。
「そういうところがキラよね」
 フレイはこう言って微笑む。
「それって、どういう意味?」
「わからなくていいのよ、キラ」
 それよりも、こんな会話をのんびりとできる状況になったことが一番よね……と見え見えの話題転換をしてくれる。
「そうだね」
 確かに、これに関してはそうだから。そう思ってキラも頷き返す。
「このまま、全部終わればいいね」
 アスランのことも含めて……と心の中だけで付け加えていた。