変な時間に寝てしまっていたからだろうか。キラは、ものすごい空腹を覚えていた。
「でも、今ご飯を食べに行くのは迷惑だよね……」
 時計を見れば、既に日付が変わろうとしている。
 こんな時間に食堂に行っても誰もいないのではないか。だからといって、勝手に使うのは気が引ける。戦場では、食料だって大切な物資だから、と考えてしまう。
「……朝まで、我慢、できるかな?」
 こう呟いたときだ。
「別に我慢する必要はない」
 すぐ側からイザークの声が響いてくる。
「えっ? イザーク?」
 どうして、とキラは思わず呟いてしまう。
「体調は良さそうだな」
 だが、イザークはそんな彼女に向かって優しげな笑みを向けてくる。それだけではなく、優しくキラの前髪をかき上げて額に触れてきた。その指の感触は記憶の中にある。
「ずっと付いていてくれたの?」
「公私混同だったがな」
 バルトフェルドがそう命じてくれたから、と彼は笑う。だから、気にするな……とも彼は付け加える。
「それよりも、食事をするなら付き合うぞ」
 丁度小腹が減っていたところだ、とイザークは口にしながらキラの頬にそのまま指を流す。
「ザフトは二十四時間、誰かが起きているからな。夜勤のもののために食堂にも人がいる。だから、遠慮をすることはない」
 特に今日はあれこれあったから、後始末に関わっている者達はまだ起きている可能性があるからな、とそうも付け加えた。
「そう、なの?」
「基本的な体力がお前達とは違う。だから、心配はいらない」
 それよりも、キラは食べられるようならば食べた方がいいだろう……と彼は続ける。
「……でも……」
「お前は昼もろくに食べていないんだぞ?」
 だから、食べられるなら食べた方がいい……と言われても、すぐに頷くことができない。
「そうしたら、イザークが休めないよ?」
 そちらの方が心配だ、とキラは告げる。
「大丈夫だ」
 こう口にしたところで、イザークは何かを考え込むかのような表情を作った。
「キラ。お前、いつから俺がお前の側にいるのか、覚えているか?」
 そして、こう問いかけてくる。
 この言葉に、キラは首をかしげた。一瞬、思い出せなかったのだ。
「えっと……」
 それでも、まったく記憶にないわけではない。
「戦闘が終わって……それからすぐ、だよね?」
 こう告げると同時に、思い出さなくていいことまで思い出してしまったのはどうしてなのだろうか。
「……僕、アスランに『大嫌い』って言っちゃった……」
 どうしよう、とキラは今更ながら自分の言動に困惑を覚える。だからといって、一度出てしまった言葉を取り消すことができない。それに、アスランのあの言動は、今でも許せないと思うのだ。
「……気にするな、キラ」
 あれは、アスランにとっても必要なことだったのだ。そういいながら、イザークがそっとキラの体を抱きしめてくれる。
「アスランも、これで少しは考えるだろう」
 その機会を与えたのだから、キラが悪いわけではない。一緒に過ごしていれば、もっと早く同じような事態になっていたのではないか。さらに彼はそう口にしてくれた。
「まぁ、あのバカはこちらに来てから勝手な行動ばかりしてきたし、部隊そのものを危険にさらしたからな。いい薬だ」
 本当に、これで少し自分の言動を見直してくれればいいのに。
 こう呟いたのは、イザークの本音だろうか。
 それとも、とキラは思う。
 しかし、いつまでもそのことに悩んでいることをキラの体が許してくれなかった。しっかりと胃が空腹を主張してくれたのだ。
 いったい、どこに好きな人の前でこんな音を鳴らしたい女性がいるというのだろうか。そう思うと布団の中にまた戻りたくなってしまう。
「やっぱり、先に食事だな」
 しかし、イザークは笑いもしないでこう告げた。
「お前達はどうする? 付き合うか?」
 不意に視線を横に流すと、イザークがこんな言葉を口にする。いったい、他に誰がここにいるのだろうか。そう思いながらも、キラも彼の腕の中から視線をそちらに向けた。
「フレイに、レイ?」
 いたの? とキラは慌てる。
「いたわよ」
「イザークさんを信頼していないわけではありませんが……万が一のことを考えれば、人手が多い方がよいかと判断しました」
 ついでに、ラウのワガママに付き合うのが辛くなったので……とさりげなく付けられた言葉は何なのだろうか。
「それでフラガさんと交代したのね?」
「流石にラウ兄さんもムウ兄さんにはあまりわがままを言えませんから」
 自分の知らないところであれこれあったようだし……とあっさりといわないで欲しい。何かものすごく怖いことのように思えるだろう、とキラは心の中で呟く。
「と言うことで、俺は付き合わせて頂きますが……フレイさんはどうなさいますか?」
 時間が時間だから、とレイが意味ありげな口調で問いかける。それはきっとダイエットとかそんな関係のことが脳裏にあるからだろうな……とキラにもわかった。
「飲み物だけならば構わないと思うから、そっちだけ付き合うわ」
 キラを一人で食堂に行かせるのは、別の意味で不安だから……と彼女は付け加える。
「その理由はともかく、付き合うというのであれば反対はしない」
 大勢いた方が楽しいだろうからな、とイザークは口にした。