友人達の安全を盾に取られるような状況で、キラはモルゲンレーテの工場の一角へと連れてこられていた。
「……カナード兄さん?」
 そこには同じように大人達に囲まれている兄の姿があった。その事実に、キラは目を丸くする。
「キラ……」
 カナードの方もキラの存在に信じられないと言った表情でキラを見つめていた。
「どうして、妹を連れてきた!」
 だが、すぐに怒りを押し隠せないという表情で周囲の者にこう問いかけている。
「彼女が、現時点で最高のエンジニアだからだ。そして、正規のパイロット達がザフトに殺された結果、貴様がパイロットとして適任であるように」
 こう言ってきたのは、きつい感じの女性だ。その口調から判断をして、彼女がここでは一番偉いのだろう。
「だが、俺たちは地球軍ではない」
 貴様達に協力をする義務はない、とカナードは言い切る。
「それでも、だ。協力をしてもらわなければいけない」
 この言葉とともに、何かかたいものがキラの腰に押しつけられた。
「我々はあれを奪われるわけにはいかないのだ」
 さらにこんなセリフを彼女は口にする。それに、なんて勝手なことを……とキラは心の中で呟く。
「その結果、オーブと敵対しても、か?」
 カナードの声音がオクターブ下がる。これは本気で怒っている証拠だ。
「言っておくが……俺たちの後見人は、ホムラ様だぞ」
 国際問題になっても構わないんだな……と彼が口にした瞬間、周囲にどよめきが起こる。どうやら、彼等にしてもホムラが何者であるかはわかっているようだ。
「……だが……」
 それでも自分たちの要求は正当なものだと信じているのだろうか。
「我々は、あれを失うわけにはいかない! この戦争で、我々の正義を証明するために」
 きっぱりと言い切るその姿は、狂信者と変わらないのではないだろうか。
「なら、ナチュラルだけでやれ。俺たちに協力させるな!」
 きっぱりとカナードが言い返す。
「俺たちにとっては、ナチュラルもコーディネイターもどちらも大切な友人だ! だから、どちらか片方にだけ手を貸すつもりはない!」
 現在、ここにいるのも、ウズミとサハクの双子に頼まれたからだ、と彼はさらに言葉を重ねる。同時に、キラへとそっと目配せを送ってきた。
 それがどういう意味か、彼女にもわかっている。
 しかし、とキラは思う。
 自分たちはともかく、友人達は大丈夫なのだろうか。
 いくらなんでもナチュラルの民間人まで危害を加えないと思いたい。キラは心の中で呟く。
「そんなきれい事を!」
 世界は戦争をしているのに! と彼女は言い返す。
「きれい事だろうと何だろうと、それがオーブの理念だ! オーブの国民であり、五氏族家に近しいものとして、それを口にすることの何が悪い!」
 その理念を掲げているからこそ、自分たちはオーブにいるのだから! とカナードは口にする。
「そもそも、戦争を仕掛けたのはどちらだ!」
 しかも、民間人が暮らしていたプラントに一方的に攻撃を仕掛けたのは! とカナードはさらに言葉を重ねる。
「うるさい!」
 女性の意識が一時的とはいえ、自分からそれた。それに気付いて、キラは反射的にカナードの側へと駆け寄ろうとする。
「貴様!」
 側にいた誰かがそれに反射的に引き金を引いたようだ。
 キラは太もものあたりに焼けた金属を押し当てられたような痛みを感じる。そのまま倒れ込んだ彼女の体を、カナードが受け止めてくれた。
「これが地球軍の本性か」
 怒りを押し殺すことなくカナードがこういう。
「自分たちの意に添わなければ、他国の人間であろうと害しても構わない! そう思っているのか」
 周囲に彼の声が響く。
「うるさい! 貴様達が素直に従わないのがいけないのだろうが」
「その義務は俺たちにはない!」
 男の言葉をカナードが一喝をする。
「殺したければ殺せばいい。その代わり、あれを動かすことは不可能になるぞ」
 カトーにしても、キラの協力がなければあのOSを作ることができなかった。それにもかかわらず、未だに不完全なようだからな、と彼はさらに言葉を重ねる。
 しかし、キラにはその言葉が信じられなかった。
「……僕、が?」
 知らなかったとはいえ、自分が誰かを傷つけるためだけに作られたものを作る手伝いをしていたのか。
 その事実に、キラは傷の痛みだけではない何かを感じてしまう。
 すっと手足が冷えていく。
「お前のせいじゃない。悪いのは、お前を利用しようとした連中だ」
 だから、何も考えるな! とカナードが囁いてくる。しかし、その言葉も今のキラには何の意味も持たない。
「……いや……」
 カナードの腕の中でキラは小さく震え出す。
「大丈夫だ、キラ!」
 彼の声も次第に遠くなっていく。
「いやぁ!」
 ただ、自分の中でふくれあがった恐怖だけがキラを支配していた。