「いい加減にしろ!」
 ぐだぐだと口にするアスランに向かって、カナードの元々長くはない堪忍袋の緒は完全に切れてしまった。
「今のキラが不幸だというのなら、その根本的な原因を作ったのは、お前の父親だぞ!」
 そうでなければ、自分たちはプラントで平穏に暮らしていたかもしれない。エザリアの尽力でムウとキラの実の両親以外はプラントに移住できそうだった。
 しかし、それに関する認可が遅れたのは、ある議員が邪魔をしてくれたからに他ならない。
 理由は簡単。
 自分たちが生まれるときに使われた技術が、ナチュラルによって改良されたものだから、だ。
 それが認められない――いや、認めたくないとそう思っている者達がいるのだ。その筆頭がパトリック・ザラだ、とカナードは続ける。
「……父上、が?」
「そうだ。あの男があれだけ反対をしなければ、キラは実の両親もカリダおばさん達も失わずにすんだんだ」
 それ以前に、アスランと出会わずにすんだかもしれないな……と心の中だけで付け加える。
「兄さん達やキラのことは、アスハからも正式に保護要請をしていたんだ。ジュールが率先して動いてくれていたから、安心していたんだ」
 悔しいが、オーブは誰でも受け入れることが国是になっている。だからこそ、あのころのオーブではキラを守るのがむずかしかったのだ、とカガリも悔しそうに付け加えた。
「でなければ、大切ないとこを遠くに行かせることに同意なんてできなかった……」
 キラだけではなくカナードやレイ、それにムウやラウだって、自分には大切だったのだ。キラ達の安全とムウだけでも自分の側にいてくれるという事実がなければ絶対に反対をしていた、とも彼女は続けた。
「それを全部こわしてくれたのが、お前の父親だ!」
 それでも、父親と息子は違うだろうから……と月にいた頃に邪魔をしなかったことを後悔している、とカガリは唇を噛む。
「そういうな。そのバカの言動を知りつつも放置していた俺も悪い」
 何よりも、レノア・ザラの目的に気付いていながらも対処を取らなかった……とカナードは続けた。
「母上がなんだと言うんだ!」
 カリダと親友になり、キラを可愛がっていただけだろう……とアスランは言い返してくる。
「表面だけ見ていれば、そうだな」
 だが、実際にはその裏には明かな作為があったのだ。もっともそれを我が子に気付かせないだけの分別をレノアは持っていたのだろう。
 それに、元々は母親だ。
 あのキラをいつまでもそういう視線で見ていられなかったのではないか。カリダにしてもそうだ。
 だが、キラとアスランの姿を見ているうちに別の思惑が彼女の中に芽生えなかったとは言い切れない。
 もちろん、それが自分の穿ちすぎだという可能性は否定できないこともわかっている。それでも、そう考えたくなる理由を作ったのはレノアの方だ。
 カリダにしても、それをどこかで感じ取っていたのかもしれない。
 レノアと親友だと告げ、アスランの面倒を見ていたが、ヴィアとエザリアのそれと比べるとどこか違和感があった。しかし、キラが気付いていないから、あるいは自分の前でだけ見せていたのかもしれない。
「だが、あのレノア・ザラがただの研究目的だけで月に来ると思っていたのか?」
 プラントにいても十分だったはずだ。カナードはそう言い返す。
 実際、ユニウスセブンの研究所は彼女が所長となる前提で作られていたと聞いている。
「彼女が欲しかったのは、ヒビキ夫妻の研究データー。ヴィア・ヒビキの実妹であるカリダがそれを預かっていないか、確認するために近づいたと言うことはわかっている」
 もっとも、アスランの暴走のおかげで彼女自身がそれを入手することは早々に断念せざるを得なかったようだがな、とカナードは笑う。
 代わりに彼女はアスランを使ってキラから聞きだそうとしていた。
「お前だって覚えているはずだぞ」
 キラに『大切なデーターはどこにあるのか』と何度も聞いていただろう。そういった瞬間、アスランの表情が変わる。どうやら、その事実をしっかりと覚えていたようだ。もっとも、忘れられていてもこちらとしては困らないが。
「そのことがなくても、お前の父がいる限り、お前をキラの相手として認める気はさらさらなかったがな」
 キラの実の両親のことがなかったとしても、彼女の存在はパトリックにとって見れば都合のいい道具でしかないはず。だから、彼女の心が壊れるまで自分に都合のよいことをさせることは目に見えていた。
 いや、壊れれば壊れたで、その方が都合がいいと言い出しかねない。
「そんなこと!」
「軍人であるお前が、常にキラの側にいられるはずがないだろうが」
 イザークとのことだって、エザリアの他に数名、信頼できる人間がプラントにいて、なおかつ自分も近くに住むという条件で認めているのだ。
 何よりも、エザリアとパトリックでは、自分たちが抱いている信用度がまるで違う。
 自分たちがどちらを選ぶかなど、確認しなくてもわかるではないか。
「ついでに言えば、な。月でのあの事件。原因を作ったのは、お前の父親だ」
 キラ達には絶対に知らせたくない真実。
 だが、ここにいるメンバーであれば構わないだろう。
 彼らはみな、キラにその事実を知らせないに決まっている。もちろん、それはアスランも同様であるはずだ。自分の父のせいであの二人が亡くなったと知れば、キラがアスランを許すはずがない。間違いなくそう考えるだろう。
 だからこそ、ここでとどめを刺すためにそういったのだ。
「……嘘、だ……」
 信じない、とアスランは口にする。
「残念だが、証拠がしっかりと残っている」
 パトリック・ザラが、自分たちの情報をブルーコスモスに流したのだ。
 そうでなければ、アスハが全力を挙げて隠していたはずの自分たちが連中に見つかるはずがない。
「今、それは俺の手元にもある。それだけではなく、プラントにもあるが、な」
 パトリックがこれ以上馬鹿なことをした場合には、それを後悔し、彼を失脚させる手はずになっている。
 それをすぐに行わなかったのは、そんな気に入らない人間でも、プラントにとって必要だと判断をしていたからだ。でなければ、とっくの昔にあの二人の元に送って謝罪をさせていただろう。
「そんなことをした男の息子が、キラを手に入れることを、俺たちが許すと思うか?」
 第一、キラがそのことを望んでいない。
「不本意だが、お前が《友人》としてなら、キラの側をうろつくことぐらいは許してやるさ」
「カナードさん!」
 カガリが即座に不満そうな口調で呼びかけてくる。それをカナードは取りあえず無視した。
「ただし、俺たちかイザーク、でなければラクス・クラインの監視下でだが、な」
 それ以前に、そんな暇があるかどうかだよな……とカナードは笑う。ラウにこき使われるに決まっているだろう、とも。
「もっとも、お前がどうするか。それ次第だがな」
 この言葉に、アスランは唇を噛んだ。