何か、廊下が騒がしい。
「あのバカが来たわけじゃないじゃないでしょうね」
 フレイは思わずこう呟いてしまう。
「バルトフェルド隊長達がいらっしゃるからその可能性は少ないと思うが……」
 ないと言い切れるわけではないからな、とイザークは眉間にしわを寄せた。あの男は、悔しいがアカデミーでTOPだったから、とも彼は付け加える。
「確認してくるわ」
 何が起こっているのかわからなければ、対処のしようがないから……と口にすると彼女は腰を浮かせる。
「気を付けろ」
 もし、アスランであれば人質にされかねない。キラの気持ちを考えれば、フレイを切り捨てることは誰にもできないはずだ。だから、キラのために自分の身の安全を確保することを優先しろ。イザークはそういってくる。
 それが、キラのためだとわかっていても、心配してもらえるのは嬉しい。
「わかっているわ」
 こういう気遣いができるから、イザークがキラの側にいても気にならないのだろうか。ふっとそんなことも考えてしまう。
「何かあったら、すぐに逃げるから」
 アスランが逃げ出しているのであれば、間違いなく他の者達も追いかけてきているに決まっている。彼等の元まで走る程度の体力は持っている……とフレイは微笑み返す。
「何かあったら、呼べ」
 そのまま部屋を出て行こうとするフレイに向かってイザークがこう言ってきた。
「あんたはキラのことを優先すればいいの」
 イザークが動けば、キラが起きてしまうではないか。そう言い返せば彼は眉間にしわを寄せた。
「ひょっとしたら、誰かがケガをしただけかもしれないでしょ」
 そちらの可能性の方が強いのではないか。フレイはそう思っていた。
「そうだな」
 イザークが頷いたのを確認して、フレイはそっと部屋を後にする。
 もっとも、すぐにその場を離れたわけではない。周囲の様子にまずは耳をすませた。
 以前からそうだったわけではない。
 迂闊に動いては危険の中に飛び込むことになりかねない、と戦場で学んだのだ。いや、学ばざるを得なかった、と言った方が正しいのかもしれない。
 少し悲しいが、だからこそ自分たちがどれだけ安全な世界で暮らしていたのかもわかったのだ。
 同時に、平和というものがどれだけ大切なのかも今ならばわかる。
「だからこそ、人種がどうのこうのと言っちゃいけないのに」
 ブルーコスモスはもちろん、コーディネイターでもそう主張する者達が減らないのだろうか。
 もっとも、それもお互いがお互いを知らないだけかもしれない。
 イザークだってディアッカだって、自分には普通に接してくれている。それは、自分という人間がどのような存在なのかを彼らが理解してくれたからだろう。
 同じように、自分だってキラをはじめとしたコーディネイターへの嫌悪感は完全に薄れていた。
「それなのに、あいつは……」
  周囲に異変はない。少々騒がしいだけのようだ。そう判断をしてフレイは歩き出す。
「あたしのことはもちろん、キラのことだってろくに知ろうとしなかったくせに」
 それなのに、自分のことを思い切り否定してくれた。
 いや、あの男が否定していたのは現実の《キラ》もだろう。
「まったく……そんなに自分の思い通りに世界をしたいのなら、人形でも作って、その中で暮らせばいいじゃない」
 こんなことまで考えてしまうのは、やはりアスランに対しての鬱憤がたまっているからだろうか。
 しかし、それを本人にぶつけるよりもキラを落ち着かせる方が自分にとっては大切だったのだ。
 だから、と思いながら角の所まで進む。
 そこでも慎重に周囲の様子を確認した。
「……レイ君?」
 そうすれば、顔見知りの少年の姿が確認できた。
「フレイさん?」
 フレイの声が聞こえたからだろうか。彼も少し驚いた表情で呼びかけてくる。
「姉さんに何かありましたか?」
 それでも、即座にこう問いかけてくるのはキラを心配しているからだろう。
「キラは大丈夫よ。今、眠っているから」
 ついでに、イザークが付いているし……とフレイは微笑む。
「ただ、外が騒がしくなったでしょう? 何があったのかを確認しに来ただけ」
 アスランがこちらに向かってきているのであれば、それなりの対処を取らなければならないだろう。だから、と付け加える。
「そちらの方は大丈夫だと思います」
 カナードが合流しているから、とレイは笑った。だから、完全に引導を渡されるだろう……と付け加えられて、フレイも胸をなで下ろす。確かに、彼に任せておけば大丈夫だとそう思う。
「騒がしくなったのは……ラウ兄さんのせいですね」
 さらに言葉を重ねながら、レイは視線を後方へと向けた。
「私が悪いわけではないと思うのだが」
 明らかに誰が見ても顔色が悪いとわかるのに、それでもこう言ってくるのはやせ我慢なのだろうか。
「ともかく、大人しくしていてください。でないと、完治までに時間がかかりますよ」
 レイがため息とともにこう告げる。
「そうですよね。そうなると、キラが気にしますよね」
 この場合、レイの方が正しいのではないか。そう判断をしてフレイは彼に味方をする。
 その瞬間、ラウが嫌そうな表情を作った。
「と言うことで、心配はいらないと伝えてくるわ。ラウさんも、大人しくしていてください」
 でないと、キラに泣かれますよ? と付け加えた瞬間、彼は小さくため息を吐く。
「あぁ、後で顔を見せてね」
「わかりました。兄さんが落ち着いたら行きます」
 そんな彼を無視してフレイとレイはにこやかに会話を交わしていた。